遊園地シンドローム

仕事が遅くなった。
昼間は騒がしい街も静まり返り、車も数台通るだけ。

終電ももう出てしまっただろう。
そう思いながらも、駅に向かった。

−駅に着いた、その時。
ちょうど電車が出ようとしていた。
俺は、ラッキー、と思い電車に飛び乗った。
それからのことは覚えていない。


−どうやら、寝てしまっていたらしい。
電車が停車する音で目が覚め、俺は慌てて電車を降りた。
そこにはビル街、もしくは住宅街が広がっている・・・そう思った、が。


そこに広がっていたのは。



−遊園地、だった。


・・・どこだここ。
ここら辺に、目の前に遊園地がある駅なんかあったか・・・?
改札を出ながら考える。
しかし、毎日電車に乗り、駅名をほとんど覚えている俺でも、全く分からなかった。

こんな知らない場所に来てしまって、どうやって帰ったらいいものか・・・。
俺はうんうんと頭を悩ませながら遊園地の前まで歩く。
そこで俺は気付いた。

−遊園地には煌々と明かりが点き、乗り物も動いていて、その上人が休日の昼間並にいる、ということに。

何でだ?もう真夜中だろ?
普通はこんなことないだろう。
・・・・・危ない。
とりあえずこの遊園地に近づいてはいけない。
疑問符と危険信号が頭の中を飛び交う。
−なのに、足は勝手に遊園地の門へと進み、料金も何も払わず中へ入ってしまった。
外に出ようとしても、足が駅のほうに向いてくれない。
俺は途方に暮れ、仕方なく遊園地の中を適当に歩くことにした。


メリーゴーランド。コーヒーカップ。空中ブランコ。ジェットコースター。
どの遊具も普通に動き、沢山の人が乗るために列をなしている。
どういうことなんだよ。本当に・・・。
俺はかれこれ30分程遊園地の中を彷徨っていた。
仕事をした後でかなり疲労しているはずなのだが、不思議と足取りは軽い。
それだけが唯一の救いか・・・。
ふう、と下を向いて息を吐く。
−と、その時。
「先輩、どうしたんですか?」
急に誰かに話しかけられ・・・ってこの声は・・・!?
俺はばっと顔を上げて話しかけてきた男を見た。
そいつは。
「・・・お前、いままでここにいたのか!?」
−ひと月程前に行方不明になっていた後輩だった。
「そうですよ、何かおかしいですか?」
当然だ、という風に言う後輩。
「おかしいだろ!何でずっと帰ってこないんだよ!会社中みんな心配してるんだぞ!」
「まあまあ先輩、そんなに怒らないでくださいよ。
・・・とりあえず、観覧車にでも乗りましょうよ、ね?」
「は、何で・・・!?」
訳の分からないことを言って一人で歩き始める後輩を止めようした、が、
俺の足は勝手に観覧車の方に向かって歩いていく。
くそ、何で・・・!
必死で引返そうとするが足がゆうことをきかない。
・・・そしてそのまま、俺と後輩は観覧車の前に辿り着いてしまった。

「何で家に帰らないんだよ?」
ゆっくりと上昇してゆく観覧車の中で、俺は前に座っている男に尋ねた。
「だって、ここ、すごく楽しいんですよ」
「楽しいって・・・お前何歳だよ?それに、楽しいからって1ヵ月も遊園地にいるなんかおかしいだろ!飯とか寝る場所とか、風呂とかどうしてんだよ!」
食ってかかる俺に後輩は平然と、
「お腹は空きません、眠くもなりませんよ。風呂に入らなくても体は汚れませんし。
・・・とにかく、僕はずっとここにいたいんです」
何を言ってるんだ、こいつ。
俺はわざと聞こえるようにため息をついて、外を見た。
もう明け方に近いというのに、まだ空は闇に包まれている。
いや・・・闇、というよりは、紫色みたいだな・・・。
俺はやっと、空の色が普通とは違うということに気が付いた。
・・・もっとも、そんなことが分かっても状況は変わらないのだが。

観覧車が頂上まで上昇し、ゴンドラの中にしばらく沈黙が訪れる。
それを破ったのは、俺だった。
「じゃあ、何だ。お前は俺みたいに家に『帰れない』のか?」
後輩は外を眺めていたが、ゆっくりと俺の方へ顔を向け、
「違いますよ・・・。
『帰れない』んじゃないんです。『帰りたくない』んですよ」

何も言えなかった。
−『帰れない』んじゃない。『帰りたくない』んだ。
本気でそんなことを言ってるんだろうか。
こいつは大の大人で、会社に勤めていた時も遊園地が好きだとか、よく行くとかそんなことは一言も言ったことはなかったし、噂も聞いたことがない。
−でも。
これが本当なら、こんなにも人が遊園地で遊んでいることへの説明がつく。
混乱している俺の様子が分かったのか、後輩は慰めるような声で、
「大丈夫ですよ、先輩。先輩も、きっとここが気に入りますよ。
帰りたくなくなりますから。安心してください」
一体何を安心すればいいのか。
俺は呆れたが、次の瞬間にはその言葉を信じていた。
そうか。帰りたくなくなるのか。じゃあ−大丈夫だ。
何が大丈夫なのか、よく分からないが、きっと大丈夫。そうだよな。
最後は自分に言い聞かせていた。


やがて観覧車が地上に到着し、俺と後輩は別れた。
俺はすぐ近くにあった機関車に乗り込む。
園内をゆっくりと走る機関車の中で、俺は自分の気分が向上していることに気づく。
楽しい。何なんだろう、この気分は。
まるで小学生の旅行前夜の気分。
これからどんな乗り物に乗ろうか。わくわくする。
楽しい。楽しい。楽しくて仕方がない。

俺は機関車を降り、すぐに別の遊具に乗る。
楽しい楽しい楽しい。
帰りたくない。ずっとここで遊んでいたい。
全ての遊具が輝き、俺を歓迎しているように見えた。
ほかの人たちも、笑顔で俺を出迎えてくれているような気がした。
もう俺は、ここの住人として認められたんだ。
もうずっとここにいていいんだ−嬉しい楽しい楽しい。
スキップをしたい気分だった。

空はさっきよりもっと紫色に染まり、星はピンク色に輝く。
遊具はさっきよりも一層、その輝きを増していた。


「お前・・・いままでここにいたのか!?みんな心配してるんだぞ!
もしかして私みたいに帰れないのか!?」
俺は観覧車をバックに、笑顔で言う。


「違いますよ。
俺は『帰れない』んじゃないんです。
・・・・『帰りたくない』んですよ」



−大丈夫、すぐにあなたも帰りたくなくなりますから−


end.

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