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 そういえば原作も河川敷だったなあ俺ってばうっかりフラグ踏みに行ったりしてこのお馬鹿さん。何度も言うが原作初期の万事屋と剣を交える話も金にモノを言わせて回避した俺であるので万事屋に敵うわけがなく、ましてその万事屋を追い詰めた人斬り似蔵と、切れば切るほど強くなるという紅桜になんて言わずもがな、という話だ。まあだから今日は総悟を連れてきたんだけどな。人任せだって? いやいやそりゃあ年下一人に相手させるわけないだろ。
 あちらからだと見えない場所に陣取って、首だけ出して万事屋と人斬りの遣り合う姿を隠れ見ているが、見て分かるほど追い詰められている。声は聞こえないが、既に二三回ほど斬られているようだった。

「……よし、総悟お前は万事屋の応援に行け。俺は屯所に応援を呼んでくる」
「……土方さん逃げんでくだせェよ」
「いやお前の方が強いんだからいいだろうがよ」
「はァ土方さん何を言ってるんですかィ、アンタいっつも手ェ抜いて――」

 俺は出来る限り抑えて喋っていたのだが、総悟の方が強いんだからと言って動かせる限りの表情筋で笑ってみせると、何故か総悟は声を荒げた。なんとまあ運の悪いことに案外その声が大きかったらしく、気が付いたときには既に岡田似蔵はにやりと笑い俺らを見定めていた。

「……ほう、真選組の副長殿がわざわざお越しくださるとは高待遇ですなあ」
「うわこっち来たぞ」
「どうやらお目当ては土方さんのようですぜ」

 お目当てって。早く行けよと急かしてくる総悟とどちらが岡田似蔵の相手をするかで押し問答していると結局めんどくさいじれったいとばかりに総悟は俺の背を押した。まあ年上だし? 精神年齢的には総悟のウン倍だし? もういいやいっちょやってやるかのうと重い腰を上げて俺はようやく刀に手を据えたのだが。

「オイオイなあに来てくれちゃってるんだよ多串君ったら……」
「……おお、まだ喋る気力があったとはな。だがもう俺の相手を出来るほどではないだろう」
「旦那の仇は俺が取りまさァ。だから安心して寝ててくだせえよ」
「俺まだ死んでないから!」

 折角俺らが原作にない働きをして助けに来たにもかかわらず(無論俺以外は知りもしないのだが)万事屋はふらっふらの体でまた木刀を構え挑もうとしていた。まあこのまま岡田の相手をしていたら出血多量で死ぬんじゃないのかと思うくらい酷いしそんな怪我でうろちょろされても正直邪魔なので早く退場願いたい。
 面倒だが江戸の善良とは正直言えない市民を守るのも俺達真選組の仕事だ。もう一度刀の柄に手を掛け抜けば、岡田は矢鱈嬉しそうににやりと笑った。戦闘馬鹿の考えることは分からない。なんだって戦うことが楽しいのだろうか。

「総悟、万事屋を連れて逃げろ」
「……カッコつけんなよ、土方さん」

 俺の言葉に万事屋はやいのやいの言っていたようだったが先程の通りかなり邪魔かつ早く手当てしないと危ないほどの傷だからかなり邪魔だ。大事なことだから二回言った。つかマジで俺が折角お節介焼いてるんだからさっさと逃げてくれ。格好つけてんのは俺じゃなくて万事屋の方だ馬鹿。
 早く、と怒鳴れば総悟は若干躊躇う表情をみせながらも頷いて万事屋の手を引いてもと来た道を走り出した。おそらく屯所に連れ帰るのだろう。彼らの走る道に点々とつく血の跡は一体誰が掃除するのだろうか。

「おおっとォ。油断してるんじゃないだろうね、アンタ」
「……お前には、そう見えるのか?」

 溜息を吐いた。馬鹿馬鹿しい、お前のその腕の脅威は俺が一番知っているはずだ。血を啜り強化される化け物、なかなかどうして気持ちの悪い。原作はよく覚えていないがもしかして腕を切り取ってそこに無理矢理繋いだのだろうか。それとも腕にそのまま寄生したのだろうか。どちらにせよぞっとしない。

「ふ、はははッ! 面白いなァアンタ。気配で分かるよ、相当な手練れだろう」
「……」

俺に刀を突きつけられても尚奴は笑う。何が楽しいのだろうか。追い詰められて喜ぶなんてこいつどMなのか。お縄頂戴したくねェよ。

「だが――ちょおっと遅いなァ」
 言うや否や、岡田似蔵は俺の首周りを目掛けて一閃した。構えていた刀で辛うじて防いでかわし、右腕の根元を斬りつけたが、彼が再び紅桜を薙ぐと刀を握る手元にぴりりと少しの痺れが襲う。痺れた箇所から、次第に刀を握っているつもりなのにぬめりが生じて、それで漸く自分の置かれた状況を把握した俺は「やってしまった」と甚く痛感した。俺の血を、紅桜が吸ったのだ。

「ふ、くふふ、はははははッ! これでお前の力も紅桜に昇華された!」

 人を斬ることの何が楽しいものか。
 楽しくない。全く持って微塵も楽しさが感じられない。岡田の笑い声がやけに耳について思わず顔を顰めるが、それすらも彼の享楽をそそるだけだ。
 俺は馬鹿か。相手にとって今の俺は、ミイラ取りがミイラになった挙句わざわざ鴨がネギを背負ってきたようなものだ。どうする。この状況からどうやって形成を逆転すればいいんだ。自分のあまりの馬鹿さに絶望しか起きない。

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