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 結局、岡田似蔵は俺の血を得て満足したのか知らないが、突如空に現れた仲間のヘリによって俺の前から姿を消した。ぶろろろろろとけたたましい音を立てて去る奴らを俺は地上から眺めることしか出来ない。歯噛みは流石にしないが、目の前に刀を突きつけていたのに俺としたことが逃げられてしまった。
 というかもうそんなことより右手の甲斬られただけなのにやたら血が出てとても痛いんだが。切れ味ヤバくない?
 本当は清潔な包帯が一番なのだが仕方がない。適当な布を千切って、空いている方の手と口も使いながら手にぐるぐると巻いて結んだ。流石に不恰好で、しかもすぐに血が滲んで気持ち悪い。
 兎に角屯所に戻り、引き戸を開ければ同じタイミングで向こうからも誰かがこの扉を開いた。しかも余程急いでいるのか勢い良く俺の身体にぶつかる。若干ふらついて、誰だと確認する暇も無く、なぜか「あ!」とそいつは俺の顔を見て叫んだ。

「土方さん! ……やっと帰ってきたんですかィ」
「あーまあな。そういや万事屋はどうした」
「旦那なら客間で元気に寝てまさァ」

 総悟は焦った様子で俺を呼んだ後、我に返ったように若干わざとらしく顔を顰めていた。総悟が客間のあたりをくい、と右手の親指で示して言うと、俺もふうんとあまり気のない返事をした。どうやらそれほど容体は悪くないようだ。
 そういえばカッコつけたつもりは全くないが、この怪我を知られたら総悟もとやかく言いそうだ。今のところ万事屋の血のにおいのお陰と、不自然ではないくらいに総悟の視界から怪我をしている手を隠しているから気付かれていないが。

「ま、このままアイツをここに置いておくわけにもいかねェからな。そうだな、眼鏡の姉でも呼んで連れて帰らせろ。……聞いてたな、山崎」

 正直最後の山崎への呼びかけは冗談半分だったのだが、実際呼んでみるといとも自然に奴は天井裏から顔を出してはいよっと応えた。お前マジで俺のストーカーする前に仕事をしてくれ。



 万事屋が元気に寝ているという客間の前までは来たのだが、結局俺は顔を出さなかった。俺がのこのこ顔を出したら治りそうな傷もまた開いてしまうんじゃないかと思ってのことだ。あと奴と絡むのが今の下降気味なテンションだと非常に面倒臭い。とりあえず不自然ではないように一度自室に戻り怪我の手当てだけして総悟の元に何食わぬ顔で戻る。
 何故か眠そうなのに意地でも寝ようとしない総悟に呆れつつも、怪我のせいで仕事をする気にもなれなかったので居間で録画していた再放送の相棒をみながらかなりまったりしていた中に、仕事を抜け出して来たというお妙さんが山崎に連れられて来たのは明朝三時過ぎのことだった。口ではあんな人心配してないと言いながらも態度では丸分かりでそこが可愛らしいところだ。
 ふと、客間の前まで案内したところで何かが慎重に、しかし素早くこちらに走ってくる様子が確認できた。最低限の明かりしか点けていないので「何かが動いている」程度にしか分からないのだが若干の悪寒を感じる。

「お妙さァァァん! どうしたんですかこんなむさ苦しいところへようこそいらっしゃいましたなァ!」
「近藤さんウェイト」
「局長、今かなりシリアスなんです」
「かなり空気読めてねェよ」
「えっそんなに責めるの? 本当にこんな真夜中にどうして……というかトシ、その手どうしたんだ?」

 近藤さんマジで……目ざといのも困りものだ。
 おそらく山崎は、俺が総悟に対して手の傷を隠していたのを気付いてたのだろう。だから近藤さんの言葉にも動揺することもなかった。けれど俺が本当に傷を隠したかった相手、総悟は近藤さんの言葉に俺の手をふと見て、巻かれた包帯が、点々と赤く染まっているのに気付くなりどうしてか目を見開いて、そして顔を伏せた。

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