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「おやおや、招かざる客のようだ。真選組副長、そして一番隊隊長殿よ。よくぞこの船に参った」
「流石に、悪趣味が過ぎるんじゃねェか。そんな腕生やしてよ、どっちが身体かわかりゃしねえ」
「ふむ、副長殿は気に入らないかね」

 だが。
 人斬り似蔵はニタリとわらった。悪意を向けられている。感じ取った瞬間、紅桜が唸り声をあげた。

「もうアンタは用済みだよ」
「なにを――!?」
「土方さん!」

 紅桜から伸びた無数のコードが、俺の身体を捉え、跳ね飛ばす。勢いは殺されず、そのまま総悟が壊した紅桜の瓦礫に埋もれた。痛ってェ、クソ、なにすんだ。左肩の骨がイカれた気がする。これ治療費経費で落とせるのか。労災はおりるのか。会計は慢性頭痛持ちで、ウチの馬鹿共の蛮行を止められない俺は肩身が狭い。薬剤師免許も取るべきか。警察辞めて大学でも入ろうかね。
 追撃しようと動いた人斬りを、総悟が食い止める。その間に体勢を立て直して、背後から、総悟と挟むように切りかかる、が、するりとかわされた。二度、三度とタイミングをみて試すが、どれも意味をなさない。
 敵は一人だ。俺と総悟、二人で挑めば、なんとか押し切れるのではないか。そう甘い考えを抱いていた。だが現実には、俺の刀筋は完全に読まれ、鍔迫り合いに持ち込むこともすらできない。……コレ、絶対あのとき戦ったせいなんだろうな。過去の戦闘データを蓄積し、学習する人工知能――それが紅桜と一体化しているんだったか。

「真選組副長ともあろう人が、無様なもんだね」
「バーカ、だからコイツも連れてきたんだろうが」
「その様子じゃあ、とっくに気づいていたのかな? コイツが、切るごとに強くなる、人工知能だと」
「ついでに、ここにその刀のメインシステムがあったこともな。残念ながら、全部瓦礫の山になっちまったが」
「なんでィ、そんじゃバズーカもっと持ってくりゃよかった」

 これ以上壊れたら船ごと沈むぞ。思ったが、馬鹿を言っている余裕はない。
 総悟は強い。動体視力と瞬発力は随一、更には勘がめっぽう働く。年の割に身軽な身体もあわせて、ひょいひょい動き回ることができる。
 それに対し、あの身体で以て、コンマ一秒未満の差で対応できる人斬り、もとい紅桜が化物だ。俺はもとより、万事屋の戦闘データが取り込まれているのは痛いところだが。

「アンタもなかなかやるじゃないか! いいねいいねェ、コイツは強いヤツの血が大好きなんだよ」
「オメーの性癖なんぞ知ったこっちゃねェや。俺が来たのは私怨を晴らすためなんでね」

 切られた右手の甲はほぼ固定してある。しばらく筆は持てそうにないが、刀を握るのには不自由しない。
 総悟が私怨なんぞのために動くとは思わなかった。私怨、だが、それは総悟自身のことではないのだろう。なんだかんだいって、俺に反抗してくるくせに、こういうときばかりは素直で、弟のようにも思う。
 見ずとも想像できる。総悟の目はいま、ぎらぎらと輝いているのだろう。狩るべき相手を見つけて、それが強いほどに血が沸き立っている。
 あいつ自身は、自らを止める術がない。刀を振るい尽くすことだけしか知らない。
 それは俺の役目だ。
 時間をかければかけるほど敗色はより濃くなる。紅桜の根幹は人工知能であり、戦闘記録を集積することで成長を重ねていく。紅桜を相手取るなら、俺なら間違いなく、一撃で終わらせるようにするだろう。
 ……まあ、俺も実際そんな上手くはいかず、総悟と万事屋を逃がすために後手に回っていたし、利き手はやられるし、散々であったのだが。
 だからこそ人手が必要だった。誰でもいいわけじゃあない、天賦の才を持ち、俺の背中を預けられる存在が。

「ッてえなクソ」

 生きて帰っても後が怖い。さっき吹っ飛ばされて瓦礫の山に埋もれたせいで、身体はきっと青あざだらけだ。アドレナリンがガンガンに出ているのか痛みはないが、切った張ったをするにはとうに酷な身体だろう。ヤブ医者だって、今の俺を一目診たら止めるに違いない。
 俺の刀だって、こんなものを切るために手入れをしているわけじゃあないのだから、刃こぼれしてたっておかしくない。
 人斬りは紅桜に見る間に侵食されていく。彼自身の身体はとうに四半以上が紅桜に置き換わっているように見える。剣戟の最中だというのに、本当は正視に耐えない。人斬り似蔵としての意志はその身体に残されているのだろうか。紅桜に、定義上の『生物』とは非なるものに成り果ててまで、何を望むのか。俺は――わたしはバックボーンを知っているが、理解が追いつかない。
 けれど目の前のバケモノを斬らない限り江戸に平和は訪れない。
 戦争の歴史は勝った方が正義である。俺は負けるわけにはいかない。この名にかけて。
 それに、雪辱を果たすのは俺だ。年下ばかりに良い格好をさせられるものか。

「こ、の……!」

 つばぜり合いから強く押された勢いを利用し距離を取る。そのまま八相に構えた俺をみて、総悟はにやと口元だけで笑っていた。

「なんだね、何度やったところで無駄だって、言っても分からんのか」
「ハ、なんだよ。そっちだって、俺たちと互角にやり合ってんじゃねえか。何が人工知能だ、俺のデータ取り逃してるってのに」
「何を馬鹿なことを」
「あーあ、あんた、まだ気付いてねえのか。かわいそうに」

 総悟のせせら笑いは相手の動揺を誘うには十分に作用している。
 ここには俺が守るべきものはなにもない。昨日の戦いとの違いはたったそれだけだが、それだけでも、雲泥の差だろう。

「あれが俺の本気だって思われちゃあ、鬼も廃るってもんだ」

 息が荒い。手の傷から血が滲むせいで柄が滑ってしょうがない。だが止まるわけにはいかない。今を逃したら、俺が死ぬ羽目になる。

「これで終いだ」

 鋒は心臓を狙う。まだ人間のかたちを保っている部分を狙うしかない。相手もそれを分かっているから、俺の渾身の一撃は当然受け止められた。人では出せないほどの馬力ではね除けようとするのを、どうにか、どうにか一秒でも長く抑えるように、全身の力を込めて柄を握っている。

「ははは! アンタの本気もこれまでかい? 残念だけど、これで仕舞いにしようかねえ」
「馬鹿言え、もう終わりだよ」

 話す間にも目の前の似蔵は機械の身体と化していく。まさに筋のように伸縮を繰り返しうねりを増す彼は、俺だけを捉えている。俺を殺すために腕を振り上げ、そうして、崩れ落ちた。
 俺にはずっと、息を潜める総悟の姿が見えていた。奴の死角から、冷え冷えとした瞳だけが瞬いていた。タイミングをはかり、一番の油断をしたとき、人斬りの背中から一息に、袈裟切りにする。
 誰しも、勝機を見出したときには気が緩まり、視野が狭くなる。

 すべてはこの一瞬のためにあった。

「俺は私怨のためにあんたを殺しに来たんだ。そんなことも忘れちまったのか」

 総悟は俺には目もくれず、紅桜をのみ睨めつける。その可愛げがむず痒くて、煙草を吹かしたくなる。

「こんな身体になって、記憶にリソース割けるわけねえだろうなあ」

 終いとばかりに、総悟は刀を振り下ろし、紅桜を穿った。
 見たところ、動力源は刀の主の生命そのものだろう。足下でわずかに、辛うじて呼吸をしている男に止めを刺すかどうか、逡巡して、結局やめた。人の見せ場をこれ以上奪うもんじゃあない。

「……これでほんとにやっつけたことになるもんですかねえ」
「まあ、こんなもんだろうよ。コイツが生きていたって、どうせどっかのお人好しがどうにかするだろうさ」
「ふ、旦那に丸投げですかィ」
「紅桜の動力は壊してやったんだ。感謝してほしいくらいだっての」

 話しながら、刀を検めて鞘に収める。
 集中していたせいか今まで気にならなかったのか、外界の騒音がやけに激しく聞こえてくる。そろそろ高杉だの桂だのが出張ってきて収集がつかない頃合いだろう。「そろそろ退散しねえとな」と独り言ちれば、総悟は首を傾げる。

「表は見ねえんですか」
「出てったら全員捕まえなきゃいけなくなるだろ。戦力不足もいいとこだ」
「なあに、土方さんがいるなら負ける気がしねェや」
「……馬鹿なこと言ってないで帰んぞ」

 今頃屯所は上を下への大騒ぎだ。近藤さんには山崎が告げ口をして、俺たちが乗り込んでいったのがバレているだろうから、いてもたってもいられないとソワソワしているのは目に見えるようだ。
 足取り軽く歩いて行く総悟の後ろ姿は、あちこち切り傷だらけだ。怪我の度合いじゃ俺の方がよっぽどだが、自分の手当てを済ませてから、総悟の方も診てやらないと。それこそ俺にしかできない仕事なのだから。

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