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 過去は文字通り過ぎ去ったこと故に取り返しがつかないとはよく言ったものだが、何を隠そう俺にも過去の過ちというものは存在する。何年生きたって他人の脳味噌が覗けるようになるわけではないのだが、しかしどうしてもやり直したいと、馬鹿みたいに忘れたくても忘れられない出来事というのは人其々あるものだ。

 さて。俺の忘れられないこととは即ち、沖田ミツバその人についてである。

 銀魂フリーク、特に土方や沖田好きにとっては、彼女の名を聞いただけでも涙を流さずにはいられない(かもしれない)。確かに彼女は美しく聡明で、土方十四郎が惚れるだけのものを持っていた。彼女は何を与えても人並み以上の結果を出し、それを誇るでもなかった。彼女は、俺の知る限りでは最も素晴らしい女性であり、おそらくこれからの人生で彼女以上の人とは出会うことは無いだろう。

 残念ながら(と言うのもどうかとは思うが)俺は恋愛感情で彼女を好きになることは一切無い。原作での彼らの結末を知っているのもあるし、そもそもこの世界自体が紙の上の出来事だとほんの少し思っている所為もあるのかもしれない。それならばどうして、何故それほどまでに「忘れられない」のか。

 有り体に言えば、彼女が生きているから。沖田ミツバを生存させたことが、俺の一生忘れられない出来事なのである。



 珍しいことに(と表現するのも癪というか、本来それが平生であってしかるべきなのだが)総悟が俺を襲うでもなく普通に呼び止めて、話があると言ってきた。

「どうかしたか」

 立ち止まって振り返れども、いかにも話しづらそうな素振りをして「ここじゃあちょっと」と言われる。記憶の隅々まで検索をかけても、ここ最近世間は穏やかそのものなのだから、まったくピンとこない。

「……俺の部屋でいいか」

 ひとつ頷いて、俺の後ろをついてくる。いつものにやけ面でもなければだらけた顔でもない、その表情から覗えるものはない。
 別に斬りかかられたいとか爆撃されたいだとか、特殊な嗜好を抱いているわけでは決してない。ないのだが、嫌な予感がプンプンするし、身の置き場に困るというか。率直に言うと、これは……長編シリーズに入ったのではなかろうか?

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