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 お妙さんと万事屋の二人を家まで送るように、ということと、他にも用事を山崎に頼めば、奴はなんと不遜にもちゃんと仲直りしてくださいねと偉そうに俺に諭した。別に総悟とは喧嘩をしたわけじゃない。が、このまま泣かせておくのもどうも良心が痛む。
 客間から負ぶわれて出てきた万事屋は俺達の会話を全て内側で聞いていたのか、呆れた目で俺を見た。……そもそもあの総悟が、俺が怪我したくらいで泣くだなんて。
 俺がお妙さんを送っていくと自信満々に挙手する近藤さんは置いといて、俺は総悟以外の人間にしっし、と手で払った。お妙さんと山崎は楽しそうに微笑み、近藤さんは総悟の髪をわしゃわしゃと撫で……まあ万事屋は先程から全く表情は変わっていないが、皆一様に去っていく。廊下に二人きりになったところで、俺は彼の背を見て溜息をついた。
 彼はこれほど幼かったろうか。これほど、彼の背は小さく見えただろうか。

「総悟、返事はいらないがよく聞け」
「……」
「俺は明日、奴らの船に乗り込んで紅桜を回収する」

 総悟は背を俺に向けたまま、俺の先の言葉に反応して肩を震わせてえ、と声を洩らした。悪意を向けられているより好意を持たれているほうが勿論良いのだが、彼がそれほどしおらしいと或る意味で末恐ろしいというものだ。明日は槍でも降るに違いない。
「今は俺一人で行くつもりだが、しかし一人で先陣を斬るというのも心許ない。去るものは追わないが、来るものは拒まない。……ま、言うのも野暮ってもんだが」
 来るだろうと信じている。一人で死なせちゃくれないだろう。



 さて翌日。権限で自分を一日オフにした俺は、存分に今日朝遅く寝た分を取り戻すように昼間に起きた。悪者は総じて夜間に行動するものであり、故に悪者退治も夜間に行うべきだ。まあ本当に俺達が正義で奴らが悪だという保証は無いが、俺が今日あの船に乗り込むのも、よくもまあ俺の手を傷つけてくれたなという私怨である。
 寝起きの顔を洗い、一通り支度をして自室から出ればすぐさま山崎はひょいひょいとよって来た。目の下の隈が濃い。

「土方さーん頼まれた仕事出来ましたァ!」
「ああ、報告しろ」

 自室の中に山崎を招き入れて、二人向かって座れば、山崎は手の内の資料を俺に渡した。今日未明、山崎に万事屋の護衛と共に頼んだのは船の居所とどこからどのように潜入すれば一番よろしいかということだ。船といえど海に浮かぶものではなく空を自由に闊歩するものであるからして、空から潜入しなければならない。俺の頼りない知識だけではヘリでもない限り無理だろう。
 経路を確認し終え山崎に下がれ、と命ずると、奴は廊下に出た後に、にぱっと笑んで頑張ってくださいねえと手を振った。山崎は天井裏から会話を盗み聞くという悪癖があり、今までにも前科が多数有るが、おそらく今日未明の俺が総悟に言った言葉も聞いていたのだろう。悪意がないのがおかしなもんで、これだから厄介だ。

「……さて、一仕事してくるか」

 襖を開けば燦々と照る太陽が眩しい。本日は快晴也、夜になれば綺麗な満月が見れるでしょうと結野アナも言っていた。満月の元に悪人を裁く、正に悪者退治に適した日である。

「土方さん」

 屯所の仰々しい門をくぐったところで後ろから声を掛けられた。足を止めて振り返ればそこには予想通り総悟の姿がある。正直あんなこと言って来てくれなかったら恥ずかしい。
 俺は再び前を向いて歩き始めた。慌てて俺の後を追うばたばたという足音を尻目に俺は昨日ぶりの煙草を出して火をつけた。風は目の前から吹いている。後ろで咳き込む声がひっそりと聞こえたのでふと笑えば、総悟はひでえや、とまたもや拗ねた声を出した。

「こないだ、ザキがアンタの煙草全部没収したんじゃなかったんですかィ」
「手持ちを没収しただけじゃあな。それにザキだけに使いを頼んでるわけじゃねェし」
「あの後、土方さんから没収した煙草をザキから没収したんでさ」
「おま、まだ未成年だろうが」
「誰も吸ったとは言ってねェですぜ」
「それで?」

 どうしてこの話を始めたのか検討もつかない。その煙草を返してくれるのかと問えば、総悟はふんと威張るように「全部溝に捨てちまいやした」と言ってのけたので俺は一発殴っておいた。煙草も最近増税だなんだで高いのだ。

「……総悟、それでお前は俺について来るのか」
「俺ァアンタについてってるわけじゃねェでさァ」
「へェ」

 俺が幾ら笑えども総悟は「俺の行きたい方向とアンタの行く方向が同じなんでィ」としきりに言った。普段尻尾を出さない相手をからかうのは中々に楽しいものだ。総悟は最後に分かってるくせに、と呟いたが、俺はそれに言葉を返すことは無く、ただ彼の頭を撫でるのみだった。

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