1周年リク
単純思考はレモン味
※大学3年田島と社会人1年目(短大卒)ヒロインさんのお話です。



今年も夏が来たなあって毎年思うのは、真夏のアスファルトからこみあげてくる、あの不思議な匂いをかいだとき。雨の後の匂いとも違って、暑い空気と一緒に肺を満たすその匂いはあんまり好きじゃない。それでも、その匂いから懐かしい思い出がふわふわと蘇ってくる。暑いから、手を繋ぎたくないと言うわたしと無理やり手を繋ごうと試行錯誤してくる彼との攻防戦、帰り道にアイスを食べながら帰ったり、真っ白いユニフォームを目で追っかけながらトランペットを鳴らした、夏。そんな思い出に浸っていたわたしの意識を現実に戻したのは、手の中でガチャガチャ鳴るひとつの箱だった。プラスチックが擦れる音が、耳に残る。しまい方が悪かったかな、傷とかついてないといいけど。そんなことを思いな
がら、数年前まで通っていた母校の門をくぐる。指定の制服は無かったけれど、わたしはなんちゃって制服を三年間着て登校していた。そのこともあって、私服で学校にいると不思議な気分になる。卒業してから何度か遊びに来ていても毎回思う。バットがボールをはじく音、地面を蹴る音、仲間を応援する声、これは夏に限ったものじゃないけど、やっぱり夏の風物詩だなあ、とぼんやり考えた。その夏の風物詩の脇を通り抜け、校舎の裏側に回った。本当は玄関からお邪魔しないといけないだろうけど、そんなことは気にしない。角から四つ目の部屋についているガラス張りのドアの前に立って、コンコンとノックする。

「こんにちはー」
「なんだ吉川、また来たのか?」
「またって酷いなあ、いつも来てるみたいじゃないですか」
「校門近くでよく見るよ」
「それは、通ってるだけですよ。門をくぐったのは久しぶりです」

中に居た、志賀先生がドアの鍵を開けてくれる。冷房の効いた風がすうっと流れ出てきて、きもちいい。先生に持っていた箱を渡して、つっかけてきたミュールをその場で脱いぎ、先生が出してくれたスリッパを履く。

「用意がいいですね、先生」
「田島もそこからよく来るからさ」
「うわ、行動かぶっちゃってるじゃんわたしたち」
「はは。相変わらず仲が良くて羨ましいよ」
「相変わらず、って言われるとまだ子供みたいで嫌だなあ。これでもわたし社会人ですよ、1年目ですけど」
「僕から見たらまだまだ子供に見えるんだよ」
「まっずいな、子供が子供の世話してるとか問題じゃないですか」
「ハハハ!大丈夫だよ。見た目だけは先生っぽいから」
「それも複雑だな…休みの日くらい普通の21歳になりたいです。スーパーとか行くと大変なんですよ、うちの園児が『せんせー!』って寄ってくるんですもん。すっぴんでだらしないカッコなんてしてたらお母さんたちになんて言われるか…!」

先生が出してくれた適当な椅子に座って、勝手に話をする。先生は補修の採点でもしてるのか、相槌を打ちながらも赤ペンを動かす手は止めなかった。勉強かぁ…、仕事で園児の記録をつけては先輩にダメ出しをされる毎日を思い出して頭がいたい。

「まあ、それは先生あるあるってやつだよなあ」

志賀先生も思い当たるふしがあるみたいで苦笑い。お互い苦笑いをしていると、ざりざりと地を蹴る音が聞こえた。来たかな。スリッパをパタパタ鳴らして窓辺に近づく。ガラスのドアじゃなくて、窓の方を開ける。

「紗希乃ー!!」
「おはよ、悠一郎」
「はよ!」

窓を挟んだ向かいに立っている悠一郎は、Tシャツに短パン姿でニカっと笑っていた。夏休みで大学の部活も忙しいと言うのに、休みの日まで高校の後輩たちと野球をしているこの野球バカは、この前会ったときよりも真っ黒に日焼けしている。

「お、休憩かい?」
「そうっす!紗希乃、かき氷機は?」
「はいはい待って。そこあるから」

がんばっている高校生たちにかき氷をごちそうしてやるんだと意気込んでいたらしい悠一郎は、自分の家のかき氷機が壊れていたことを忘れていた。そうしてわたしにSOSを求めてきたのである。どちらにせよ、夕方から悠一郎と会う予定だったから、わたしがわざわざ貸しに来た。志賀先生に渡した箱は先生のとなりの机に置いてあって、目的のそれを持って窓から悠一郎に差し出した。

「はいどーぞ」
「は?お前も来いって」
「高校生の中にまざれっていうの」
「ガキ相手にすんのトクイだろー?」
「ガキって言ってもわたしらと数個しか違わないからね?一桁と二桁の年齢の差はかなりだよ!」
「へーきへーき。後輩だぞ!」
「えー?だってどうせ、かき氷に夢中になってわたしのことほったらかすでしょ?せっかく休み被ったのにさーあ」
「ほったらかすわけねーじゃん」
「ウソだね」

窓越しにそんなやりとりをし続けていると、「いちゃつくなら暑いとこでやって」と志賀先生ににっこり笑顔で言い捨てられ、外に出されてしまった。結局一緒に行くことになってしまい、満足顔の悠一郎のとなりを歩いてグラウンドへ向かう。

「17時半のやつには間に合うようにしねーとな〜、オレも明日は朝から練習あるし、紗希乃も仕事だろ?」
「…なにが?」
「映画見たいって言ってただろ。お前が見たいって言ってたの17時半と21時半からのしかなかった」
「覚えてたの?だって、悠一郎あのとき野球見てたじゃん」
「お前の話もちゃんと聞いてんの!」
「うっそだー、あの時だって、オレなら打てた!とか言って全然返事してくれなかったもん」
「そうだっけ?」
「そうだよ」
「まー、でもイイじゃん。結果的に聞いてんだからな!」

そういえば今日のお休みがもらえたことを伝えた時、会う約束をだしてきたのは悠一郎の方だったかもしれない。ちょっとしたことだけど、なんだか妙に嬉しくて口元がゆるんでいくのが自分でもわかった。そんなことで喜んでしまうなんてわたしはなんて単純なやつなんだろ。ゆるむ顔を見られないようにちょっとだけ顔をそらして歩いた。そうして、あっと言う間に野球部のグラウンドについた。ミュールでグラウンドに入るのは気が引けて、はじっこの草が生えている上をなるべく歩く。高校球児たちが帽子を脱いで口々に挨拶をしてくる。それに軽く頭を下げた。悠一郎に促されてベンチに座ることになり、なつかしの野球部のベンチに腰掛ける。たった数年過ぎただけなのに、それはちょこっとさびついて
いた。たくさんの高校生にまじって氷をガリガリ削っている楽しそうな悠一郎を見ると、なんだか微笑ましくなった。大学3年にもなって高校生と楽しめるのなんてあなたくらいだよきっと。

「いちごとブルーハワイどっちがイイっスか!」

真っ黒に焼けた高校生が紙コップにこんもり盛られたかき氷を両手に持ってやってきた。小柄な男の子は昔の悠一郎を思いだすくらい、まぶしい笑顔で笑っていてとても懐かしくなった。

「えっと、それじゃあ…」
「レモン!」
「へ?田島さんレモンっスか?オレ持ってるのいちごとブルーハワイ…」
「こいつがレモン好きなの。そんで、オレが持ってきたからお前がそれ食っていーよ」
「う、うっス!しつれーしました!!」

田島とわたしに深々と一礼したせいで、両方のかき氷のてっぺんがぐしゃりと地面に落ちた。男の子は慌てて、半分だけになったかき氷を持ったまま仲間の元へ駆けていく。

「ほれ、かき氷」
「ありがと。レモンなんてよくあったね?急にかき氷するってなったわりには変わり種まであるなんて」
「オレが買ってきた!」
「えっ」
「祭り行くといっつもレモンじゃん」
「!」

なんなんだ今日は。何かのキャンペーンなのって疑ってしまうくらい悠一郎がなんだか嬉しいことをしてくれる。一口食べたかき氷が、口のなかでぬるくなっていく。ごくりと飲み込んだそれはとても甘くて、喉にからむ。遠くで、ガシャガシャとかき氷機を動かしている高校生たちに視線を逸らして、またもやゆるむ口元に急いでかき氷をかきこんだ。急いで食べたせいで頭がキーンと痛くなる。頭を抱えて痛みに耐えていると、悠一郎がこっちを見ていた。

「お前さー」
「なに。あたま痛いー…」
「男子高校生からみたら年上ってだけで興味あんだからさ、ちっとは警戒しろよなー」
「…さそってきたの悠一郎じゃん」
「そーだけど」
「ほったらかさないって言ったのも悠一郎だもん」
「そーだけど」
「なーに、後輩相手に嫉妬でもしてくれちゃってるの?」
「だってお前すっげー嬉しそうに笑ってたし!」

口を尖らせてむくれている悠一郎は、わたしと同じレモンのかき氷を一気にかきこんだ。そして、わたしと同じく頭にキーンときてるんだからばかなんじゃないかと思う。ほんとに、ばかだなあ。昔の悠一郎を思い出してたんだよ、って言ったらどんな反応するかな。そうして、またゆるゆると口元がゆるんでしまうけれどしょうがない。なんだか今日はずうっと嬉しいんだから。




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あとがき
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