1周年リク
夢の世界へランデヴー
なんでだ。なんでこうなったんだ。右も左も前も後ろも、見えるのは他人の足。足足足。誰も下なんて見ていやしない。オレらがここにいることさえ誰も気付かない。みんなケラケラ笑いながら通り過ぎていくんだ。

「どーしよう、賢二くん…ママもおばさんも、伊代ちゃんもいなくなっちゃった」
「お、オレがいるから大丈夫だ!」
「でもこのままみんなに会えなかったら、紗希乃たちどうなっちゃうの…?」
「だ、だいじょうぶ…オレが守ってやる!」

でっかいおばちゃんに押しつぶされそうになったり、色んな人の鞄が耳元をかすってく。今にも泣き出しそうな紗希乃の手をはなさないようににぎって、とりあえず歩き出す。ここに立ち止まってちゃいけないんだ。はやく母さんたちを見つけないと大変なことになる。なんとか人が少なくなったところまで出てくると、ごつごつした岩みたいな壁を背に二人で座り込んだ。たくさんたくさん歩いたからか、足がじんじんしてる。ほんとならもう歩きたくなんかない。

「け、賢二くん…何か聞こえない…?」
「なんも聞こえないけど」
「うそだ。だって、ほら、遠くからヘンな声が…」
「ヘンな声??」

びくびく怯える紗希乃に言われて、耳をすましてみる。遠くから聞こえる、ゴゴゴゴという低い音、そして、それを掻き消すように被さって聞こえる甲高い叫び声。

「ひぃっ!」
「逃げなきゃ!逃げなきゃ食べられちゃうよ!」
「何に食べられんだよ!」
「わかんないけどさあ!だけどさぁっ!こわいじゃん!」
「おおおオレは怖くなんてねーからな」
「うそだ!目キョロキョロしてるもん!」

キョロキョロなんてしてない!してる!そんなことを言い合ってるうちに、さっきの音と叫び声が近づいてくる。まずい、このままじゃ、本当に…!

「いくぞっ」

しゃがんでた紗希乃を引っ張って、そのまま走り始める。やつが近づいてくる前に逃げないと。

「くそ、なんでこんなに人がいんだよ!」

どうやら叫び声から逃げられたみたいだ。代わりに聞こえてくるのは、へんにメルヘンな音楽。走ったからか心臓がばくばくする。本当なら楽しく聞こえるはずのその音楽が、なんでか怖い。周りの人ががやたらとニコニコ笑っている。それに、さっきまではどんなに人が多くても少しずつみんな歩いていたのに、今は何もない所に立ち止まったり、中には道のど真ん中に座り込んでニコニコしている人もいる。みんな、どうしちゃったんだよ。オレはまた、急に怖くなって、紗希乃の手を引いて走り出した。……はずだった。

「紗希乃…?」

左手で確かに紗希乃を掴んでいたのに。ぎゅうって、にぎってたのに。気付いたら、左手はからっぽだった。どこだよ紗希乃!オレを置いてくなよ!ま、まさかアイツ、あの叫び声のやつに追いつかれたんじゃ…!逃げられたと思ってたのはオレだけで、本当は追いつかれてて、オレが前ばっかり見てたからそのままぱっくりと…

「え?」

しゃがんで頭を抱えていたら、とつぜん地面が真っ暗になった。顔を少し上げると、黄色と赤が目に入る。逆光で顔がよく見えない。差し出された手は、大きな真っ白い手袋をしていた。オレよりも何倍も大きいその手をとろうと立ち上がる。すると、さっき見えなかった顔がいくらかはっきり見えた。大きな顔からはみ出しているふたつの黒い丸、動くことのない、にっこりと吊り上がった口角。そして、真っ黒に塗り潰されたふたつの眼。その怪物が、不気味に笑ったままオレを見下ろしていた。

「ぎゃああああ」

逃げようとするオレの腕が、もこもこした手でつかまれる。まさかお前…お前が紗希乃をそうやって連れ去ったのか!っくそ!抵抗したってむだってことか。きっとこいつはこうやって子供を食べてるんだ。紗希乃、守れなくてごめん。体が怪物に抱き上げられる。無言で笑ったままの怪物の顔を見なくてもいいように、顔をそむける。もういっそのことぱっくりいっちゃえよ。怖くなんてねーんだから!

「あっ、賢二くーん!」

はっ?声が聞こえる。紗希乃?どこから聞こえるんだ?まさか、こいつの腹の中から…?!まだ生きてるのか!だったら、父さんに言えば手術でお腹ひらいて取り出してもらえるかもしれない。でも、病院に連れていくまえに紗希乃が怪物のお腹の中で溶けてしまったらどうしよう。それは嫌だ!抱き上げられたままのオレはめいっぱい足を振って、怪物のお腹を攻撃した。怪物は攻撃が効いたようで、オレを降ろした後に泣きマネなんかしてる。そんなことする前に紗希乃を吐きだせ!

「賢二くーん!メッキーにそんなことしたらだめだよー!」

悪いのはこいつだし!待ってろ、もう一発…。

「だからだめって言ったじゃん!」
「え」
「え、じゃないよ!せっかくメッキーが抱っこしてくれたのになんでいじわるするの?」
「おにいちゃんがメッキーいじめた!」
「は、なんで。伊代も。なんで?」
「ママたち見つけたよって言っても賢二くんが走るのやめないんだもん」
「パレードあっちで見るんだって〜」
「パレード?」
「パパじゃないと肩車できないから、はやく並んでたんだって〜」
「だって、おまえ、こいつに食べられて…!」
「メッキー・マウスは子供を食べたりしないもん!メッキー、賢二くんがごめんね?」
「お兄ちゃん、お母さんが迷子にならないでねって言ってたよ」
「迷子になんてなってねーよ!」

紗希乃が伊代と一緒に、メッキーのお腹をぽんぽん撫でて謝ってる。オレは悪くないもんね。まぎらわしいことするこいつが悪いんだ。オレは迷ってないし、母さんたちの方が迷子だったんだし…って、頭ぽんぽんするなよこの怪物!!




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あとがき
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