及川

16
「なーなー許して?」
「花巻に乗せられただけだって」
「オレは止めたんだからね?!」
「いいからさっさと練習いきなよ馬鹿ども」

馬鹿って言ったー!とわあわあ騒ぐ三人の背中をバシバシ叩きながら体育館へと押し込む。どーしてストッパーは不在なの岩泉くん!ゼミの集まりなんかさっさと抜けてこいつらどうにかしてよ〜。遅刻してくるらしい岩泉くんへ勝手に愚痴を言いながら体育館の隅っこの方へ向かうことにした。周りに見学してる人なんかいなくて、ポツンと体育館にスーツ姿で立ってるわたしは邪魔にしかなんないだろうな。なんて思ってたら、後ろの方からガシャンと音がした。

「あれ、高橋くんじゃん」
「紗希乃ちゃんこれ使ってって」

ちわ、と小さく会釈をしてきた高橋(弟)がパイプ椅子を片手に持って立っていた。お礼を言って受け取ろうとすると目の前で組み立ててくれる。

「え、ここで見るの?もっと端っこ行こうと思ってたんだけど」
「紗希乃ちゃん見に来たのって及川さんたちでしょ。この辺りのが見やすいよ」
「へー、そうなんだ」

花巻を見に大学バレーの試合は何度か見たことあるけど、練習から見るのは初めてだなあ。基礎練習っぽいのをネットを挟んで現役とOBに分かれてそれぞれ行ってる。ときどきチラッとわたしの様子を伺う徹くんに、しっしっと手で追い払うと花巻と松川くんがわざとらしく徹くんをなぐさめてる。集中しろってアホどもめ!運動なんて全然やらないわたしからしたら到底真似できないような柔軟とかをやってるのを見てるのは結構おもしろい。そーだよね、ボール触るだけの練習で上手くなれたら誰も苦労しないわ。しばらくやってからやっとゲームに入るらしく、みんなざわざわと移動し始めた。そんなとき体育館の扉が開いたかと思えば、岩泉くんが入ってきた。

「お、吉川か。なんだすげー近いな、そこで見んのかよ」
「はい吉川です。岩泉くんがいなかったせいでわたしの寿命はすり減りました。どうしてくれる?!」
「会話してくれ頼む」

話がかみ合っていないのはわかってる。けどさ、奴らの手綱を握るのは君しかいないはずなんだよ推測だけどね!岩泉アップしとけー、とコーチからの声に岩泉は返事をしながらわたしの座るパイプ椅子のとなりで何やら柔軟をはじめた。

「で?」
「あの三人…いや、花巻をメインに次いで松川くん、そして徹くんはほんのちょこっとだけシメてください。頼むよ後生だから」
「あー、あいつらが吉川になんかしたのだけはわかった」
「あれは許されざる行為だよ!」
「……まさかと思うが警察沙汰か?」

急に冷や汗をかいて焦り始めた岩泉くんにさっきのことを話すと、「大体及川がわるい」と心底つまんなさそうに吐き捨てた。

「や、徹くんはそんな悪くないよ。」
「わりーだろ、やり始める前に止めればよかったんだよアイツが。」
「わたしが怖いのだめだって知らなかったんだろうし。」
「……どーだろうな。」
「岩ちゃん!!!!」
「うっせーのがきた。さっさと戻れよ試合すんだろ」
「岩ちゃんべつにそこで柔軟しなくてもよくない?!」
「べつにどこで柔軟してもよくね?」
「うん、いいと思うー。」
「なんで紗希乃ちゃんまでー!」
「ほら早く行けってお前のサーブからだろ」

にやにや笑う花巻と松川くんに引きずられるようにして徹くんは泣く泣くコートへと戻って行った。徹くんよ、後輩たちが微妙な表情をしてあなたを待ってるよ。お願いだから戻ってあげて!ボールを渡され、試合は始まる。手でクルクルと回して定位置についた徹くんは一回だけわたしの方を見た。ちょこっとだけ照れ臭そうにしてから、助走をつけて飛び立った。勢いよく向こうのコートに叩きつけられるボール。目で追いきれなかったそれは徹くんが入れたサーブで、OBチームに点数が入る。どうだとばかりに笑うのは徹くんだけじゃなくて、花巻や松川くんも一緒。あと、名前わかんないOBの子たちも。かわいそうな現役たちは手は出せても上げられなくてあちらこちらに飛ばしちゃってる。叩くなら折れるまで、だっけ?徹くんはいかなる状況も手を抜かないというわけか……。あ、なんかよくわかんないけど現役チームにサーブが移ったみたい。

「しょっぱなからえげつねーな」
「だね…。でも楽しそう。それに、徹くんはみんなの自慢な存在で、みんなは徹くんの自慢の存在なんだね。」
「は?」
「は、ってなに。」
「気づいてないの?みんなの顔見てたらわかるよ。"どうだ、うちの及川すげーだろ!"って顔してる」
「……してない。」
「してるよー。だって試合始まってからまだ徹くんのサーブしかやってないのにさ、みーんなにやにやしてるもん。もちろん岩泉くんもだよ」
「してねーよ!」
「してまーす残念。それに徹くんは徹くんでみんなの事大好きだしね」

徹くんはいつもバレーの話をいっぱいする。競技の話はもちろんだけど、一緒にバレーをしてきた人たちの話もいっぱい出てくる。聞いてもピンとこない話もあるのに、わかんないよって切り捨てるのをもったいないって思っちゃうくらいには、大好きなことを語る徹くんは楽しそうだった。挫折とか苦労とかは語らないから、明るい部分しか見れていないけど好きだからってずっとやり続けられるのってすごい。一生懸命やればやるほど途中で辛い時があるはずなのに、それすら一周まわって…いや、一周どころじゃないね。何周もまわって好きしか残ってないみたいに見える。

「徹くんは、バレーが大好きなんだなあ」

柔軟してるはずの岩泉くんが、床に座ったままじいっとわたしを見上げてきた。な、なんですか。岩泉くんとまじまじと対面するのなんて初めてに近いんだからやめてくれ……!

「アイツはバレー馬鹿だから」
「う、うん?」
「ほんっとうにバレー馬鹿なだけなんだ」
「まあ、そうだろうけど……」
「だからその他のことはできてるようで実はできてねえ」
「そう……なのかな?」

そういえば、花巻の家で飲んだ帰り道で徹くんは自分のことを不器用だって言ってた。そんなことないよって思ったけど、相棒の岩泉くんが言うなら間違いないのかもしれない。

「そうだねえ。ほんとのこと言うまで言葉選んじゃって時間かかるし、すぐむくれるし、そのくせ何で拗ねてんのか言わないもんね」
「1週間ちょいしか会ってねーのによくわかるな吉川」
「たしかにそうだね。わたしもなんでわかってるのかよくわかんないけど〜」
「ま。わかってくれてんだったら助かるわ」

岩泉くんと話をしながらぼんやり試合を見てたらあっという間に1セット目が終わってた。アップを終えた岩泉くんがOBチーム側のコートに向かってく。徹くんが岩泉くんに何か言ったみたいで、ボールを投げつけられてるみたい。この2人はお笑いコンビみたいだよなあ面白い。徹くんと再会してから1週間とちょっとか…。もうすぐ教育実習が終わっちゃう。あっという間だったな。あと木曜と金曜だけ。こんな風に徹くんを見ていられるのも2日だけ。

「あれっ」

見ていられるのも、なんて。

「見ていたい、って思ってるようなもんじゃん……!」

なんかどっかでうっすら気付いていたことを目の前に突き出されたような、大事に閉まってた引き出しを急に開けられたような気分。待って、心臓に悪い。だって、急だ!急に!いやでも急じゃないのかも…!確かに徹くんとの会話はいつも楽しいし、徹くんが楽しそうに話すのを見てるのも楽しい。まだちょっと照れ臭いけど名前を呼ばれるのも嫌じゃない。ああ、わたし……

「(好きになっちゃったんだな、徹くんのこと)」



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