徒野に咲く
  
むかしのはなしJ

「えっ、なに勝己の彼女?」
「アァ?!」
「全然ちがいます」
「あらそォ……」

爆豪先輩そっくりな女の人は、ギャンギャン喚いてる先輩の顔と私を見比べて残念そうに呟いた。家を出ようとする爆豪先輩の腕を無理やり掴んでいたのを突然パッと放したせいで、先輩が玄関ポーチに転がっていく。それから私の方にその人はそっと近づいてきた。

「ボロボロじゃない……」
「きゅ、急にきてごめんなさい。先輩が無事か気になって、」
「何ともねぇっていっただろが!何で心配してる奴の方がボロボロなんだよ!」
「だって、居てもたってもいられなくって……」

溢れてくる涙が止められなくて、わんわん泣いてる私と、バツが悪そうに頭をかいてる先輩の影が月明かりに照らされて地面でゆらゆら揺れていた。とても長い間そうしていたようにも思えるし、かなり短い瞬間だったようにも思える。

「吉川紗希乃さん……で合ってる?」
「ぐすっ、はい、」

先輩の家の前を警護していたヒーローが静かに近づいてきた。手にしている電子端末と私の顔を見比べるようにして、何かを確認している。

「今、公安委員会の方からうちの事務所経由で君の捜索指示が出ているんだけど、どうやってここに来たんだい?」
「公安だァ?」
「……施設の窓を個性で壊して外に出ました」
「敵から逃げたとか、そういうわけじゃない?」
「どうせ施設から出してくれないから自分で出ただけです」
「お前を雄英にいれようとしてる家のヤツが公安ってことか」
「……そうです。私はもう家はないし、親も、」
「ねえ。それってさ、血流して立ったまんまする話?」
「えっ」
「ヒーローさん。この子、居場所が分からなくて捜索願いが出てるんでしょう?」
「ええまあ……見つけ次第施設に送り届けるようにと指示が出てますね」
「子供をこんなボロボロのまんま返せるわけないよ。せめて家で手当させて。何なら家に泊まらせてもいいし」
「んなっ」
「あんたは黙りな。この子は心配して来てくれたんだから」
「いちいち叩くんじゃねえクソババア!」
「この子も勝己みたいに敵に目ェつけられて心配だっていうなら、夜に出歩いて帰るよりも家にいた方が安全じゃない?この子を送るためにヒーローの手を分散させるのか、当初の予定通りの場所でパトロールするのかどっちが効率いいのかって話ね」

女の人が良い考えでしょう?とヒーローに提案している姿を見て、血の気が引きそうだった。私、いけないことしちゃった。いつも何だかんだと小言を言われるくらいのことしかやってこなかったっていうのに。急にとんでもないことをしてしまった自覚に襲われて後ずさりしてしまった。

「わ、わた、私、帰りま「オイ」

ぐぅっと唸ってしまうくらいに強く手首を握ってきたのは爆豪先輩。

「どこにも行くなよ」

どっかにいなくなっちゃってたのは先輩の方じゃないですか。なんて軽口の代わりに、また涙がぽろぽろ零れては、先輩の温かい手のひらに安心してしまうのだった。

むかしのはなしJ



- ナノ -