徒野に咲く
  
むかしのはなしH

「え?合宿?いつから?」
「明日」
「明日ァ?!」

夏の日差しから逃れるように、ちょうどよく木陰に置かれたベンチへ座って涼んでいたところにとんでもないことを聞いてしまった。

「こんなとこいる場合じゃないですって!」
「ア?いーだろべつに」
「準備とかあるでしょ、何か買い忘れたものとか、」
「旅行じゃねェんだ、別に家にあるモンで行けるわ」

雄英体育祭から少し経った今もこうして爆豪先輩とトレーニングもどきを続けている。先輩の敵顔がお茶の間に大公開されてしまったこともあって普段使ってる公園は使えなくって、今日はいつもより離れた公園に来た。遠くて正直面倒だったけど、いつものところで声をかけられすぎて駄々下がりだった爆豪先輩の機嫌が少しだけ上向きになった。

「夏休みも訓練するってことですよねぇ……ヒーロー科って大変だなあ」
「……やめんのか」
「やめないです!ただ、思ってたのと違うなってことが多くって」

ふん、とそっぽを向いてミネラルウォーターのペットボトルに口をつけている先輩を見つめる。最近、機嫌がよろしくない。上向きになったと思ったけれど、そもそものベースが以前よりも低値なんだよなあ。学校生活のことをもっとたくさん話してくれるのかとおもったけれど、案外それもない。やっぱり大変なんだろうね。勉強もできて、戦闘だって問題なさそうな爆豪先輩が悩んで苦戦するくらい雄英はすごいんだ。

「サイレンの音がすんな」

立ち上がった先輩は辺りを見回した。公園内で散歩している人たちも足を止めて周りをキョロキョロしている。遠くで響いているパトカーのサイレンの音がいくつも重なっているあたり、小さい事件じゃなさそうだった。

「こっちじゃねェ……どこだ?」
「なんか向こうに集まってる感じがしますね」
「ショッピングモールか?」
「一体なにが…、うわ、電話!」

ポケットに入れたスマホが震えている。これを鳴らすのなんて、すぐそこにいる先輩か施設か、公安の人間しか……うわあ、ドンピシャ。とりあえず出ないと面倒なことになるので通話を押した。

『今、木椰区の公園にいるのね?!』

声でか!思わず耳元からスマホを離すと、怪訝そうな顔をしている先輩と目が合った。

『無事なの?紗希乃ちゃん!返事して、紗希乃ちゃん!』
「無事だよ!ていうか、何が起きてるかもわかんないんだから無事もなにも、」
『木椰のショッピングモールに敵連合の人間が現れたのよ!』
「アァ?!敵連合?!」
「ちょ、先輩も声おおきい!」

さっきまでのサイレンの音に加えて、地域放送なんだか拡声器なんだかわからない放送の音が遠くで鳴っている。そんな中で敵の話を出したら周りが混乱しちゃうよ。慌てて爆豪先輩の口を片手で抑える。

『この前も報告があったでしょう!連合の中に紗希乃ちゃんの―……』
「ねえ!"指示"が出てるんでしょう?!」
「おい吉川、さっきから誰と話しとんだ!」

さっきまで騒いでた先輩が静かになって、大人しく口を塞がれてくれていたのにまた暴れだした。バシュン、と聞き慣れた音が背後でする。突然現れた黒スーツの男から私を庇おうとするように爆豪先輩が前に出た。手の構えがすぐにでも個性を発動してしまいそうになっていた。その肩をできるだけ目一杯の力で掴んで後ろに引っ張る。後ろによろけた先輩と、おおきく前に踏み出した私。

「お前なにして、」
「ごめんなさい、先輩。後でちゃんと説明します」
「説明だァ?!」
「はい。この人はお迎えの人なので、攻撃しないでほしいです」

心配してほしくなくって、できるだけ笑顔を作った。爆豪先輩が構えていた手をゆっくりと下げてくれる。先輩もちゃんと助けてほしいけど、たぶん"上"はしてくれない。ただ、変な風に目をつけてほしくはないから、そっと待っていてほしい。

「お家の人が、迎えに来たので今日は先に帰ります」

また連絡します。ちゃんと説明します。うわ言のように零れる言葉は、迎えに来たスーツの男が繰り出したワープの音にかき消されてしまったかもしれない。

*

敵に遭遇しなかったか、遠目でも見られた可能性はないか。私にわかるわけないじゃん、と内心愚痴りながら、上の人間からの問いに「してないです。ないです」とひらすら繰り返した。スマホは一度回収されている。中を見られるのは嫌だなあ。爆豪先輩とのやりとりが残ってるのに。別にやましいことは何にもないけれど、先輩と私しか知らないところにドカドカ土足で上がりこまれているようで胸の奥が重たくなる。そんな身の安全の確保という名の軟禁は2日間で終わった。

『合宿終わったら覚悟しとけ』

もっとたくさん通知が来てるかと思ったのに、意外にその一言だけで先輩は合宿に行っちゃったみたいだった。あ〜〜〜〜どこから話そう。話して、それから……もう、会ってくれなくなっちゃうかもなあ。

「先輩に嫌われちゃったらどうしよう」

むかしのはなしH



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