徒野に咲く
  
理由なんていらないから

「吉川、ちょっといいか」
「はーい?社長、私なにかすっぽかしましたっけ」

今日は何もアポなしで、今日の巡回シフトは朝イチだったので終えている。特にやることと言えば、来月出張になるかもしれないとの話が浮上しているせいで雑務の整理をしなくちゃなあってくらい。社長が直接私の所に顔を出すってことはそこそこ大きな用事なはず。

「いや、上鳴が来てる」
「……はあ。上鳴さんが来てる?私にご用事なんですか?」
「謝罪したいそうなんだがどうする」
「しゃ、謝罪……?!」

上鳴さん。爆豪先輩の同級生で、プロヒーロー。切島さんとは結構話したことあるけど上鳴さんとは正直そこまで。こないだのチームアップの後の飲み会にもいなかったし、最後に会ったのはいつだろうってくらい。……うーん?ほんとに何?

*

「これはまた綺麗な土下座ですね」
「練習でもしたのか?」
「嫌味か天然か迷うような言葉選びっ……!」

応接間にいるのかと思えばそうでもなく。サイドキック達が待機してるオフィス室にいるのかと思えばそうでもない。上鳴さんが絨毯と額を仲良くさせているのは社長室のど真ん中だった。

「そういえば上鳴からもらったぞ」
「お土産ですか?あ、これは限りなく白い恋人じゃないですか〜北海道行ったんですね上鳴さん。こっちは隣町の有名なバウムクーヘンだ」
「ねえ、せめて顔あげろとか何か言ってくんない?」
「勝手に頭下げてんのはそっちじゃないですか〜」
「そーだけど!」

お茶淹れよ。和菓子だったら緑茶が合うから緑茶を淹れるのが上手な社長にいれてもらうけど、バウムクーヘンとクッキーなら紅茶だ。僭越ながら私が淹れさせてもらおう。可もなく不可もない紅茶しか淹れらんないけど。社長室には専用の給湯スペースがあるのでそそくさとそちらに移動する。上鳴さん?なにやら落ち込んだ様子で起き上がってます。来客用のカップを取り出して、電気ポットからティーポットにお湯を移す。……あ。そういえば、爆豪先輩も先々週くらいに北海道行ってたっけ。蟹を買って宅配にしたから代わりに受けとった。代わりも何も宛て先が我が家だったので、あの人は最初から自分の家で受け取る気なんてなかったみたいだけど。いま私の冷凍庫の半分が蟹。明後日一緒に食べる約束してるからようやくギチギチの冷凍庫から解放されるね。ハーゲンダッシュの2リットルでも買おうかな。

応接スペースにあるローテーブルにお茶とお菓子を運んで、ソファに座る社長の隣りに腰掛けた。テーブルを挟んだ向かいにはそわそわした上鳴さんが座っている。

「本当に申し訳ない!!」

また頭を下げる。だから何が、と社長と顔を見合わせていたら、すっ…と差し出されたのは1冊の雑誌。……週刊誌じゃん。下世話なゴシップ満載の9割嘘だと言っても過言じゃないようなやつ。

「……ダイナマイト熱愛か……?」

表紙にでかでかと書いてある文字をそのまま読み上げると、上鳴さんが怯えたように背筋を伸ばした。ねつあい。ダイナマイトが熱愛。ねつ……あい……?ページをめくること数回で、表紙の内容を回収する見開きページが現れた。

「夏も終わりのすすきの。これから賑やかになっていく繁華街の片隅で、美女を隣りに街へと消えていったのは関東で有名なプロヒーロー大・爆・殺・神ダイナマイトだった―……」
「一字一句読み上げる必要ある?!」
「爆豪のスキャンダルを教えに来てくれたのか上鳴」
「教えにっていうかそもそも原因がオレでして……!」
「上鳴さんの名前一文字も出てませんけど??」
「そもそも北海道でのチームアップに呼んだのがオレなわけ!そんでめちゃくちゃ切り取られてるけど、その女の子は向こうのヒーローの妹だし、ちょっと離れたとこにオレと他のヒーローたちもいたから!爆豪は別に遊んでないわけ!」
「この人お尻ちっちゃ……」
「何て?しり?なんで今お尻?」
「爆豪は本当に熱愛してんのか?」
「してねーよ?!してねぇからオレが吉川ちゃんに弁明しに来てるワケ!」
「私に弁明とか必要ないです」
「ほらァ!そういうの!そういうややこしい感じになるじゃんお前らさぁ!」
「ていうかその撮られた日ってスープカレー食べに行った日でしょ」
「へ?」
「こっちの写真に写ってるこの看板のお店にみんなで行ったんじゃないんですか?」
「大正解だけど、もしかして爆豪から聞いてた?それともなに、位置情報共有アプリとかいれてんの??」
「そんなアプリ入れてないですけど」
「だって爆豪が今日はどこで何食べて〜って話するか?どう思うよ轟」
「するかもしれねェ。俺はまだ報告されたことはないけどな」
「お前に聞くのが間違いだったわ」
「機嫌よかったから何かあったのか聞いたら、たまたま食べた激辛カレーが思いのほか美味かったって言ってましたよ」
「アイツそんな何日もご機嫌持続する??」
「何日っていうか、その日の夜に電話で話しただけですけど」
「電話……電話?!」
「上鳴。いくらなんでも爆豪もスマホくらいはもってるぞ」
「そういう意味じゃねーよ!かっちゃんてそんな連絡マメなの?じゃあ何、あの日カレー食って解散したけどあの後電話したん?」
「え。たぶん。履歴残ってますよ、ほら」
「さっ、3時間ンンン?!3時間て何?何話すの?」

何って言われても。普通にいま何してるかとかそういう話から始まって、北海道にいるっていうからお土産買ってきて!ってお願いして。そしたら蟹買うから冷凍庫空けとけやって言われたりとか。

「あの日の先輩は機嫌よかったし、私も職場に泊まらずに家に帰れそうだったから仕事やっつけ終わるまで雑談して付き合ってくれただけです」

きっと機嫌がいいタイミングだったら上鳴さんも長電話できますよって言ってみる。本当にそれはそう思ってるんだけど、シワシワした表情になってしょんぼりしちゃった。なぜ。

理由なんていらないから



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