むかしのはなしG
施設の食堂の真ん中にある1台のテレビ。普段ならチャンネルの取り合いになるけれど、今日は満場一致でこの番組が選ばれた。それはもちろん特大イベントのひとつである雄英体育祭の生中継。
「テレビで見てますね、っと」
どうせスマホなんて見ないだろうけど、連絡をしなかったらそれはそれで何か言われそうだから送っとこう。……なんで先輩のご機嫌取りみたいなことしてんだろう私。施設の年下の子たちがみんな前のめりでテレビの前に固まっていくからちょっとずつ椅子を引っぱってテレビから離した。プレゼントマイクの派手な挨拶を聞きながら、「俺が1位になる」とかなんとか言ってた先週末の爆豪先輩を思いだす。画面に流れている入場行進で先輩の姿を探すけど、カメラワークが悪いのかツンツン頭しか見えない。たぶんあの人だと思うけど。
『選手代表!!1-A 爆豪勝己!!』
「えっ、まじで言ってる??」
ミッドナイトが高らかに読み上げた名前は今さっき探してたその人だった。驚いてる私に気づいた下の子たちが「紗希乃ちゃんあの人しってるの?」とみんな不思議そうに首を傾げている。知ってるも何も毎週一緒にトレーニングしてる人、『せんせー』
『俺が1位になる』
公園で見た顔とそっくりそのまま同じトーンで宣言されたそれ。おっかしいなあ、これ雄英体育祭本番のはずでは?
「紗希乃ちゃんほんとにあのこわい人知ってるの?」
「いや〜〜……」
子供たちが口々に「こわい!」とか「やなやつ!」とブーイング。だよねえ。こわいよね。性格悪って思うよね。でもさ、
「笑ってないから、本気で狙ってるんだとは思うんだ」
ちょっと表現があれだけどさ。
*
表彰台に拘束されるのなんて後にも先にも爆豪先輩くらいなもんじゃないだろうか。手負いのライオンが威嚇し続けているような姿が全国に生中継されてますよ先輩……!雄英ってあんな姿でも中継され続けるのか。容赦ないなあ。ってことは来年の私も失態を犯したらあんな感じでまるまるっと放送されるわけだ。色々と対策を練る必要がある。先輩のおかげで大変勉強になりました。どーしたもんかと思ったけど、たまたま持ってるスタンプで目つきの悪いライオンがお祝いしてるようなのがあったのでそれを先輩に送ってみた。返事、くれないかもしれないしこれでいいや。……なんだか体育祭を見ていたら身体を動かしたくなってきた。私もジャージに着替えて外に行こう。
「紗希乃ちゃん。街中のヒーローは雄英に召集されてるから、あんまり遠くには行かないようにね」
「わかりました〜」
キャップでも被って行けばいいでしょ。ささっと走ってすぐに戻ればいいんだし。
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「はっ、はっ………んん?電話?」
ジャージのポケットが震えてる。こんなに長く震えることなんて滅多になくって気付かなかった。上からの通達はショートメールだし、そもそも電話番号を教えてる相手なんて限られてる。なかなか止まらないそれを取り出すと画面には爆豪先輩の名前が映し出されてた。
「もしも、『遅ェ!!』し〜〜」
開口一番に遅いだの何だのぎゃーすか騒いでるけど何が何だかさっぱりわからんのでとりあえず適当に相槌を打ちながら聞き流す。ほうほう、体育祭が終わって解散してからすぐにかけてくれたと。そんでもって私が出ないからメッセもいれたと。それでそれで?いつまで経っても折り返しがこないからもっかいかけたが中々でないと。
「あ、」
『ンだよ。言い訳は聞かねぇぞ』
「いや、走りすぎたなって思って……」
思えば夢中で走ってた。さらっと走って帰ろうと思ってたのに進めるだけ進んで戻ろうとし忘れてる。こりゃ帰るのもまあまあ時間かかるやつだわ、怒られるかなあ。方向を元来た道に変えて、歩き出す。
『走る余裕があんなら生で見に来いや』
「なんか、そわそわして落ち着かないから、走ってすっきりしようって」
『あ?』
「先輩たち見てたら急に走りたくなっちゃったんです」
先輩からの電話に気づくまで、何かしなきゃ、動かなきゃって思ってた。名前も忘れてしまった先輩のクラスメイトの女の子を思い返す。目に見えた強個性の爆豪先輩にめちゃくちゃ挑んで食らいついていた。純粋にすごいと思う。私は一緒にトレーニングなんてしてたって先輩に勝とうなんて思ったことなかったもん。
「先輩、」
『……なんだよ』
「1位おめでとうございます」
『嬉しかねーわ、クソ』
「来年は自由の身で表彰台に上がれるといいですね」
『いい度胸してんなァ……!俺が叩きのめしたるわ!』
「やだなあ。わたしたち違う学年だから一緒に体育祭出れないですよー」
そう。たったひとつだけれども、私達は同じ括りにはなれないのだ。いっしょの体育祭には出られないけれど、私も、いつかあんな風に先輩と……