辻風

13.小さな綻び引き出した

悠仁のサプライズ登場も終えて、おじいちゃんの素晴らしい表情が拝めて内心非常に満足している。東京と京都それぞれの待機時間中に歌姫を呼び出して、本題の内通者の話を先に伝えた。うん。歌姫に内通者をやる度胸がなければ、実際に追い詰められてそんな状況になったとしてもすぐに硝子や紗希乃に泣きつくだろう。

「そういえば。ほい。歌姫にもどっかの部族の人形あげる」
「いらないわよ!」
「紗希乃からのお土産なのに?」
「えっ、紗希乃?帰って来てんの?!」
「歌姫センパイに会いた〜い!って紗希乃がねだるから、昨日の夜の僕は我慢を重ねに重ねて大人しくしてたってのに、いざ会いに行ったら楽巌寺学長と話してるからってアッサリ帰って来るんだもん参った参った」
「一生我慢してろよ馬鹿野郎」

力が欲しい系おじいちゃんのことを紗希乃が苦手としていることは歌姫も知ってるし、何ならかなりの頻度で避けられてる楽巌寺のジジイは勝手に不機嫌になっている。そういうとこだよ爺さん。まぁ、あの爺さんは力が欲しい系よりも出る杭気に入らねぇから打ち殺せ系なのも嫌なんだろうけど。

「紗希乃は大丈夫なの」
「うん。いつも通り」
「……それは良い意味で?それとも悪い意味?」
「はは。いいね、歌姫。その意気で内通者さっさと炙り出してよ」
「だから!私の方が先輩だっての!」

湯呑のお茶をぶちまけそうな勢いで喚く歌姫が面白い。ティッシュの箱を寄せてみれば、気付いたのかピタリと動きを止めて、湯呑をテーブルの中央へと押し戻している。

「ま。近いうちに良い報告ができたらいいなと思ってるよ」
「……何?紗希乃をどうする気?!」
「どうってそもそも、もう既に僕の奥さんだもん。まぁ、憂いてみるのはいくつになってもできるから、今じゃないとできないことを探していくべきかなと思ってみたり?」
「アンタたちは家の根っこのとこがわけわからないからそこは何とも言えない……まさかだけど、去年のうちの生徒の件で何か気に病んで……?!」
「ないない。歌姫が口出そうが学長が口出そうが変わんないよ、なんたって御三家が腐ってるのは今に始まったことじゃないからさ。まー、いたいけな少年の心のケアをよろしく頼むぜってところかな」
「難しいことをふるな!」
「簡単でしょ。ちゃんと心のままに青春を送れば良いのだ!って熱血かませばいーんだもん」
「そんなこと言って火つけちゃったらどうするの」
「どうもしないよ。だって、僕があんなガキに負けるわけないじゃん。勇敢にも立ち向かってくるっていうなら、真正面から叩いてあげる」
「お願い紗希乃一刻も早くこの馬鹿と別れてくれ〜〜」
「ダメでしょ。そしたらまーた腐れジジイ共が騒ぎ立てちゃうじゃん」


*

結局春になる前に紗希乃の兄に会うことはなかった。ただ、会わずとも連絡の取りようはあるわけで。まるで生存確認めいた短文のやりとりは、紗希乃がその日何をしてたかとかつまんなそうだったとかそういう知らせに適当に俺が反応するだけだった。だったらいっそ本人に携帯持たせた方が早いんじゃね。そう思って買い与えてみたけどオッサンにバレて今じゃただの鉄屑になっている。結局、寂しがる紗希乃を置いたまま高専に入学した。あと1年待てば、紗希乃をあの腐った場所から出してあげられる。俺は雑魚ばっかりの呪霊を毎日捻り潰しながらその日をただ待ち望んでいた。

日差しが強くなって春の終わりが見えてきた頃に高専で偶然任務帰りに紗希乃の兄貴を見つけた。少しやつれていて、いかに吉川の中が落ち着いていないのかを思い知る。ロビーのソファへ座ったかと思えば、紗希乃の兄貴はブツブツと話し始めた。

「身体の中で循環している呪力を輪とするなら、うちの術式を持つ人間はその輪が細かく何層にも重なっていて、中心にいくほど濃密になる……ような感覚がある」
「紗希乃はよくわかってねぇよ、それ」
「だから雑なんだよ。層が厚けりゃ外っ側も濃いんだろ。雑で、大味、ふわふわ外に持て余してる呪力が多い」
「……待てよ。てことは、紗希乃のあの輪っかはちゃんと呪力操作できればいらないんじゃ?」
「あれは均すだけの呪具のはずだから、コントロールできたらあんなもの必要ない」
「紗希乃はコントロールできてる方だと思うけど?」
「できてない。元がでかい分、呪力がどこかに偏った時のエネルギーは半端じゃないだろうな」
「偏る……って言うと、どこかに一点に集中した呪力が表面を突き破って出てくる感じ?」
「そうだ。あの呪具が紗希乃の呪力を丸い核のように集めているとする。その抑止力がなくなれば一気に弾けるし、均衡が崩れ始めたところから噴出するエネルギーに打ち勝てる保障がない」
「……それずっと一人で調べてんの」
「祖父様が隠し持ってた歴代の本が見つからなくてな。高専に内容の近いものがあったのを思い出して寄ったんだ」
「紗希乃が日記を持ってたと思うけどそれか?」
「日記……?」
「先祖の日記だって言ってた」
「紗希乃はもう読んでるのか」
「いや、難しくてまだ読めてないって言ってたし、読めたら教えるって言われたまんま何も聞いてない」
「そうか……。悟、すこし頼みたいことがあるんだ」






「悟。こんな時間まで書庫室で何してるんだ?」
「……こんな時間?」

ガタン、と椅子を引く音に引っ張られるように顔をあげれば部屋着に着替えた傑が正面に座っていた。言われてみたら蛍光灯の安っぽい光が灯っているこの部屋の外は真っ暗になっているのに気付く。もう夜じゃんか。

「御三家系譜……?」
「呪術師界のありがたーい御三家の家系図だよ。見るか?反吐しか出ねぇけど」
「家系図見るのなんて小学校の宿題くらいなものだろ。なんでまた」
「ある意味宿題だよ。うちにある家系図と、外に出回ってる家系図の内容が同じかどうか調べなさいってね」
「へぇ……。由緒正しい家柄の家系図なんて膨大な情報量だろうに悟は覚えてるって?」
「ぜーんぜん」
「だと思った。そのくせ一生懸命眺めてるなんて何かおかしいところでも?」
「……膨大な情報量だとしても、嫡子の婚姻関係は全て記されてあるはずだよな。分家を取り零したりするのとわけが違う。外に子供を作ったって何らかの術式を持ってたら子供だけでも引き込むだろ」

特にうちなんて無下限と六眼を持ち得る者が少ないわけだから、何百年も御三家として維持させるべく実力者を排出し続けなければ外面が守れない。外の子供が何らかの術式を持っていると知れば目の色を変えて抱え込みに行くだろう。今の禪院家みたいにな。

「悟がよく話してる婚約者のことか」

構築術式の類を相伝している家系の本を手に取り、ぱらぱらとめくっていた傑は合点がいったらしく、俺が開いていた御三家の家系図を覗き込んだ。製本されているのは俺のひとつ前の世代まで。この本には俺の名前もまだ載ってない。

「紗希乃の前に吉川家に女が生まれたのは150年前」
「150年前……昔は嫁ぐのも早かっただろうから、御三家入りするとなればこの辺りかな」
「ちゃんと書いてあればな」
「その様子だと書いてないらしい」
「紗希乃の兄貴に聞いた歴代の吉川の女の名前がどこにもない」
「……吉川家に生まれた女性はすべて御三家に嫁いでるんだろう?御三家内で顔合わせをして、話し合いの元で嫁ぎ先を決めるって言ってたじゃないか」
「腐れどもの言い分が本当だったらな。あくまで外向けの系譜図だとするなら家に戻れば正式なのがあるが……」
「外向けに載せないってとこに闇を感じるね」
「……闇しかねーよ。あんな家!」
 

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