しゅか

別荘に来てからというもの、朝からママに叩き起こされることなくゆっくり寝れる喜びにかまけてお昼近くまで寝ていることが多い。今日も、そのつもりだったんだけど。

「……」
「まあ、お姉さま寝癖すごいですよ」
「……なんで?」

目が覚めたら、なぜか伊代ちゃんが目の前にいた。にこにこ笑顔でベッドの脇に立っていた。


「ハル先輩が紗希乃お姉さまに昨日の夜に会ったって聞いてすぐに来たんです!」
「うん…まだ朝の7時だよね…」

もっかい寝れる。そう思ってもう一度布団の中にもぐりこんだ。よし。何も見えない聞こえない。


「そんなあ!伊代と遊んでくーだーさーいー!」
「……」
「シズク先輩もあさ子先輩もいるんですよ!紹介してあげますからー!」
「(もう知ってるし何で上から目線なの…)」

決して伊代ちゃんに根負けしたわけじゃないけれど、がばっと勢いよく起き上がると伊代ちゃんは飛び跳ねて喜んだ。

「そういえば、何て言ってここ入ってきたの?」
「おばあさまにお会いしました!お元気そうで何よりですね」
「どうせなら起こしてから入れてくれたらよかったのになあ」
「ふふ、紗希乃お姉さまかわいいです」

ぼさぼさの髪の毛を櫛でとかしながらクローゼットへと歩いていく。伊代ちゃんがカーテンを開けた。うう、まぶしい…。そう言えば、昨日買ったワンピースがあったっけ。今日はあれを着よう。

「これから皆で街に行くんです。お姉さまもご一緒にいかがですか?」
「街かあ、さんざん行ったからなあ」
「みんなで行けばまた違うと思いますよ!」
「ハイハイ。面倒って言ってもどうせ伊代ちゃん引っ張ってくもんね」
「だってお姉さま面倒くさがりなんですもの」












「女だ!」
「女子がいるーっ!!」

伊代ちゃんに連れられてやって来た先には何故か男の子たちしかいなかった。カフェスペースに座った彼らは驚きの目でこちらを見ていた。驚いてるのはこっちだよ(水谷さんと夏目さんはどこ行った)

「伊代、野菜ジュースな。夏目が買いに行ってる」
「はいっ!ハル先輩のために伊代も行ってきます!」
「ええっ、伊代ちゃん?!」

女子だ女子だと騒ぐ三人と賢二くん。吉田くんにもう一人帽子を被った男の子。彼らの前にぽつん、と取り残されて一体どうしろっていうの…!

「よう昨日ぶりだな!」
「ああ、おはようございマス…」

吉田くんに明るく挨拶されると、「お前の知り合いかよ!」だの「紹介しろよ!」だのと男の子たちが騒ぎ始めた。

「吉田の知り合い?こんなとこで会うなんてスゲー偶然だね」
「正確にはオレの知り合いじゃねーぞササヤン。こいつはアレだ、伊代の姉」
「姉?」
「だからその姉って何だって昨日から聞いてんだろ」
「賢二くん、それ吉田くんのただの勘違いだからお気にせず」
「何だよヤマケンも知り合いかよ!」
「お前ら何昨日から女子と会ってたのかよズリーぞ!」

賢二くんが近くにあった椅子を引いてくれて、とりあえずそこに座ることにした。

「あの…これってどういう面子?伊代ちゃんには水谷さんたちがいるってしか聞いてないんだけど」
「オレの避暑にこいつらがついてきただけだよ」
「オレらは松陽でよく遊ぶ面子で、ヤマケンの妹にここ連れてきてもらったの。そしたら、ヤマケンご一行がいたわけ」
「ササヤン、こいつも松陽だぞ」
「え、うそ!オレ佐々原宗平。ササヤンって呼んで!名前は?」
「吉川紗希乃です。水谷さんと夏目さんとは少し話したことあるよ。好きなように呼んでね」
「吉川ちゃんか!オレらはねー!」

ササヤンくんとの自己紹介にぐいぐい割り込んできた三人は海明の生徒だったらしい。あれか、三バカってこの人たちか。うるさい奴らって聞いてたけどなるほど確かにうるさい。三バカくんの騒がしい自己紹介を何となく聞いていると伊代ちゃんが戻ってきた。


「ハル先輩!ご所望の野菜ジュースです!」
「はわわ!吉川さんー!屋上ぶりですーっ!」
「屋上?屋上で何かしてんのか?」
「ふふん、聞いて驚けですよハルくん。なんとわたしは屋上で吉川さんと友情を語らう仲なのです!」
「わたしが本読んでる隣りで独り言話してるだけだけどね」
「なっ…?!相槌!相槌うってくれてるじゃないですか!」
「適当に打ってたのにまさかバレてないなんて思わなかったなあ」
「吉川さんがまさかそんな冷徹女だったなんて…!これじゃまるでミッティ…!」
「いやいや夏目、シズクより愛想あるぞコイツ」

吉田くんと夏目さんと話していると、視界の隅でぷるぷる震えるものが見えた。あ、伊代ちゃんか。


「あさ子先輩と紗希乃お姉さまが知り合いだったなんてどうして教えてくれなかったんですかー!」
「だって知らないの前提で話が全部進んじゃうんだもん」
「おい伊代!お姉さまって何だよ中学じゃあるまいし!」
「うるさいわねアンタたち!お姉さまとは幼等部からの仲だものお姉さまって呼んで問題なんてないのよ!」
「呼び方変えてって言ったけどね」

伊代ちゃんの口調が一気に上から目線になったかと思えば、夏目さんとササヤンくんが伊代ちゃんの発言に驚いて固まっていた。

「え、吉川さんお嬢様なんですか…?」
「お嬢様って言うほどかっちりしてないよ」
「ウチの別荘は紗希乃お姉さまのお家から土地を買って建てたんですよ、あさ子先輩!」
「なんだよお嬢様なら音女行けばよかっただろー!そうしたら音女の女の子いっぱい紹介してもらえたのに!」
「音女の友達が「三バカはもう相手にしない」って言ってたから音女だったとしてもきっと紹介はしないかなあ」
「何その情報網!?」



賢二くんはこの会話中ずっと本を読んでいて会話に参加しなかった。なんだろう、会わないうちに知的キャラに目覚めたのかな。伊代ちゃんと兄妹だから何がしかに目覚める素質は十分にあると思う。あ、水谷さん戻ってきた。

prev next



- ナノ -