かたかげり

中間試験も難なく終わって、今は夏休みを満喫中である。今年は例年よりも早く避暑地に来ることになった。後半はパパの仕事に付いてアメリカに少し行って来るけど、それまでは別荘のある避暑地におばあちゃんと遊びに来ている。まあ、おばあちゃんはお仕事なんだけどね。


「紗希乃、お小遣いあげるからおつかいしてくれるかい」
「いいよー」
「どのくらい欲しい?」
「今ね、白いワンピースが欲しいの」


きのう、街をぶらついていたらとてもかわいいワンピースが売っていた。3割引きでお手頃価格。だけど、その時あまりお金を持っていなくて買いに行けなかった。買ってもらえるならぜひとも買ってほしい…!


「ふんふん、じゃあ5万あればいいか」
「おつかいは何を買うの?」
「今夜の会食で飾る花をお願いしたいんだよ」
「えっ、それじゃあ5万は多いよ」
「まあ貰っておきな」


そう言って札束を握らされた。おばあちゃん…ありがとう…!我ながら現金なやつだとは思うけれど、こちとら高校生でバイトもしてないしとても助かる。るんるん気分で出かけようとすると、おばあちゃんに呼び止められた。


「なあに?」
「今日の会食は7時からだよ。お前まで呼んで申し訳ないね」
「ううん、平気!美味しいもの食べられるからうれしいよ」

おばあちゃんの取引相手との会食にぜひに、と言われて参加することになったのである。まあ、おばあちゃんがいなかったら一人でご飯になっちゃうし丁度いいかなって思うことにした。さーて、ワンピースが売切れる前にはやく行かなきゃ!









「とても賢そうなお嬢さんですね。さすがは吉川会長のお孫さんだ」
「ふふふ、お褒め頂いて嬉しい限りですわ」

大人組はシャンパンを開けて楽しそうに飲んでいる中、わたしはひとりレモネード。美味しいっちゃ美味しいけど、ほろ酔いの人たちの相手をするのは些か面倒くさい。

「今はどこの高校に行かれてるんですか?」
「松陽高校という学校に通っています」
「ほう…松陽…?」
「公立校ですわ。この子には社会勉強も必要と思いましてね。本人も興味があったようですから高校は公立に行かせています」
「ふむ、社会勉強ですか!なるほど!」


社会勉強と言うけど実際は別にそこまで変わらなかったり。ただ、前まではお嬢様学校だったこともあってそのあたりの煩わしさはあんまりないのが気が楽かなあ。大人同士はわりと話が弾んでいるようだけど、どうしてもわたしを入れようとすると一方的に質問されて答えるだけになってしまうからちょっと居心地が悪い。それに気づいたのか、おばあちゃんがこっそりウインクしてきた。これは抜けてもいいよ、って合図かな。


「あらあら、あまりこういう場はなれないわね紗希乃。お部屋で休んでいていいわよ」
「まだ若いからねえ。こういう場は慣れないと確かに窮屈だなハハハ!」
「確かになハハハ」

「それでは失礼いたします。皆さま、まだまだ楽しんでくださいね」


深々と一礼して部屋をでる。ふう〜、と長い溜め息をつくとお手伝いさんが、あらあらお疲れですね、と声を掛けてくれた。パーティドレスのせいでお腹がくるしい。ちょっと食べすぎたなあ。そうだ、外なら涼しいし少し散歩してこよう。お手伝いさんにショールを持って来てもらって、コテージの外へ出かける事にした。



ザッザッ、ヒールが地面を擦る音がする。自然がいっぱいのここでこんな恰好は不釣り合いかなあ。ベビーピンクのふんわりとしたパーティドレスとお揃いのパンプス。パーティって規模ではないけれど、大人し目のデザインだったしおばあちゃんがオススメしてくれたからそれを着ていた。髪は高めサイドに一つに結んでゆるく巻いている。うーん、これは森の中を歩くにはヘンテコだ。


「こっちに確か湖があったはず…」

毎年くるけれど、いつも買い物くらいで殆ど森の方へは出歩かない。なつかしいなあ、と思いながら湖を探して森の中を歩いた。


がさり。草むらで何かが動いた。
動物だろうか、と身構えていると何と現れたのは、男の人。それも、見たことのある顔。


「あ?おまえたしか伊予の、」
「な、なんでここに?!」
「お姉さ「じゃない」
「最後まで言わせろよ!」


頭に葉っぱを乗っけたまま叫んでる彼は確か水谷さんの彼氏さんだったはず。ときどき図書館でふたりで居るのを見つけたことがあるからきっとそうだ。だってイチャイチャしてたもんイチャイチャって。


「なんだ、パーティ帰りか?」
「まあ、そんな感じのとこかな。もしかして伊代ちゃんと遊びに来たの?」
「いや!シズクと夏目とササヤンとだ!連れてきてくれたのは伊代だけどな!」
「それって伊代ちゃんと来たのと何が違うの…?」
「あっ!オレ逃げてるんだった」
「何から逃げ、「見つけたぞ」



「ハル」


って、あれ?


「賢二くんだ」
「…なんでお前いんの?」
「お前ら知り合いか?!」


まさかのまさか。伊代ちゃんだけかと思ったら賢二くんもいた。お前ら知り合いかって、あなたたちこそ知り合いなんですか。


「なんでと言われても、ウチの別荘もあるし」
「あー、忘れてた。あの別荘お前んとこの会社から買い取ったんだった」
「は?伊代の姉も別荘持ってんのか?」
「姉ってなんだ姉って」
「それはこの人の勘違いだよ」


しーん。なぜか沈黙で固まる三人。


「なんか変な空気だな!」


うん、言わなくてもわかってるよ…。
沈黙に耐え切れない。そうだ、帰ろう。少し冷えて来たし。ショールはあるけど足が寒い。



「わたし、ちょっと散歩に来ただけだから戻るね」
「おい、」
「なあに」
「送ってやる」
「え、いいよ。だって賢二くん帰れなくなるじゃない」
「ぷっ!ヤマケン心配してもらってら」
「うるせー!いいから行くぞ!」


そう言ってぐいっと腕を引かれたものだから、パンプスが地面をえぐってバランスを崩した。

「うわっ、」
「うわってもっと色気のある言い方できねーのかよ」
「わたしに求められても困るんですけどー」


賢二くんが支えてくれて転ぶことは無かったけど、パンプス汚れちゃったなあ。まだ2回くらいしか履いてないのに…

「…なんでそんなカッコしてんの」
「会食だったから。途中で抜けてきちゃったんだけどね」
「ふーん」
「伊代ちゃん来てるの?」
「一緒に来たわけじゃないけどいるな」
「そうなの。彼も連れてきてくれただけって言ってたから伊代ちゃんのポジションがいまいちわからないわ」
「あいつはただのバカだろーが」
「はは。かわいいおバカさんってことね」

会わない期間は長かったけど、案外すらすら喋れるもんだな。さっきまでの沈黙はどこへやら。


「そうだ、賢二くんに言って無い事があるんだけどね」
「なんだ?」
「ウチの別荘こっちじゃないわ」
「早く言えよ!」

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