しゅんらん

『渡米後の初ミッションを遂行したことをここに報告するぞ!』
『お疲れ様ですハル隊員!さあ、今すぐに任務の成果を見せるのです!』
『おー吉田おつかれ!どうだった?吉川さん元気だった?』
『相変わらずチビッ子だった!』
『吉川さんそこまで小さくなかったと思うんだけど…?』
『あれじゃね、アメリカの空気が合わなくて縮んだんじゃね?』
『そんなことより紗希乃お姉さまを早く見せて下さいなハル先輩!』

ハルがアメリカに行くことになってから始めたチャット。ついこの前雑談ばかりのその中で、三バカと馬鹿女がハルに任務だと言って紗希乃の写真を撮ってくるように命令していた。あいつらだってそれぞれ紗希乃と連絡をとってるっていうのに誰も肝心の本人の姿をかれこれ3カ月ほど全く見てない。送ってきてないのはオレだけかと思ったけどそうじゃなかったらしい。あの馬鹿女や伊代が言うには写真自体ほとんど送って来ないとか。

「一人でニヤニヤして怪しいわよ賢二」
「うっせーな」

冷蔵庫からペットボトルを取り出したところでソファに座ったお袋が怪しんだ視線を送ってくる。別にニヤついてない。チャットを一旦閉じて、ポケットにしまったスマホがブンブン続けて振動し始めた。電話か?それにしても不規則な振動だった気がする。メッセージアプリの通知だらけになったロック画面に疑問に思いつつそれを開いてみた。

「……はぁ?!」
「なに急に大きな声出してびっくりするじゃない!」
「ちょっと黙って」
「うるさいのはアンタよ!」

飲みかけの水の入ったボトルを持ち直して、階段を駆け上がる。部屋に入ってベッドに飛び込んだ。仰向けに寝転んでスマホの画面を覗き込む。画面の中には、風になびく髪を必死に押さえつけてる紗希乃が写っていた。なびいてはいるけど、オレの記憶の中のアイツの髪はもっと長かったし前髪はもうちょっと短かった。次々送られてくる画像をゆっくりと眺めていく。

「コイツ、いつ髪切ったんだ?」

紗希乃はいつも自分のことを話さない。偶然の機会を使ってこの前電話で色々話はしたけど髪を切ったなんて言ってなかった。空の話だって花の話だって吉川のばーさんの話だって話があるなら何だっていーけど、もっと自分の話をしたっていいだろ。水谷さんと違ってそこまで自分に興味がないわけじゃねーだろ。いつ切ったのか尋ねてみれば既読はつくのに返事がない。なんだよ、見たなら返事しろっつーの。切った日くらいすぐ出てくるだろうが。そんなに短くなると思いもしなくてショックを受けてたとか?だから自分の写真を一切送らなかったとか?グルグルと色んな可能性が浮かんでは消えていく。そんな中でふっと思い出した後ろ姿。あの夏の日の真っ白いワンピースを着た小さな背中。

『去年の夏ぐらいの長さの方が似合う』

気付けば返事を待たずに送っていた。またもやすぐ既読になってるってのにスタンプのひとつも返してこない。また電話でもかけてやろうと思ったが、代わりに画像を送り続けていたハルからスタンプが届いた。なんかよく分からん生き物が頬を染めてにやついてるキモイやつ。それから続いてメッセージが飛んでくる。

『ヤマケン、何言ったんだ?』

短い振動と共にまた送られてきた画像。砂浜にうずくまっている紗希乃の写真だった。去年の夏から何度も見てきたつむじが変わらずそこにあった。にしてもなんでコイツうずくまってんの。もしかして泣いてるのか。泣くとしたら原因は……

『…ハイ。紗希乃です』
「お そ い!」
『ほんっとにゴメンナサイ!!』

数コール目でやっと電話に出た紗希乃の声は特に涙声でもなくて普段の声と同じだった。泣いてはない、とするとなんだ?具合悪いとかなら流石のハルでも写真とったりなんかしないだろうけど。

『あのね、先月切ったの、髪』
「ハァ?1か月も言わなかったのかよ」
『えっ、言わなきゃダメだった?』
「……いや、ダメではない、けど」

オレに必ず言わなきゃいけないわけじゃない。周りに寄ってくる女はみんな聞きもしないのに髪型を変えたとかネイルを変えたとかそういう話をしてくる。だけど、紗希乃はそういうやつじゃないのは分かってただろオレ。何を言ってんだ、と自分に溜息が出そうだ。これでもちょっぴり伸びた!と電話越しに力説してくる柔らかい声に思わず笑っていた。べつに今の髪が変ってわけじゃねーよ。ただ……

『きっと帰る頃には、去年の夏ぐらいになってるかもしれないね』

去年の夏なんてかなり前の事に思える。病院で間抜け面でチョコレートを食べてる姿。靴擦れをおこして困ってる浴衣姿。マフラーを巻いた制服姿……。決して長くはない期間なのに思い起こせば次々と紗希乃が出てくる。それが泣き顔を最後にぶつりと途絶えてしまって、もどかしかったんだ。

「あー…」
『なに?どしたの?』
「なんでもない」

何でもないわけない。そうか、そうだよ。認めたくなかっただけだったんだよな、オレ。水谷さんのことは本気で好きだった。だからこそ突然再会した紗希乃と水谷さんを天秤にかけるようなことをしたくなかったわけだけど。そもそも元から天秤にかけるものでもなかったんだ。きっと、再会したあの日から決まってたのかもしれない。

『どんな長さでもいいだろーけど、去年ぐらいのがすごく似合ってる』

幼いオレは紗希乃には笑っててほしいって、それを見ていたいって思ってた。そして、今のオレも……またあの夏の後姿を、すぐ近くでずっと見ていたいと思う。


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