かんえん

留学ってなんだ。アメリカ?もうすぐ行っちゃう?何言ってんだよ。伊代から教えられた事実に驚いた。なんで何も言わねーの。旅行行くのとわけが違うだろ!昔は聞いてもないのに色んなことを話してたくせに。お気に入りのくまの人形を汚したとか。何もないところで転んで膝をすりむいたとか。花を摘んだらしおれてしまったとか…挙げたらキリがない。一度、喧嘩っぽくなったからってあっさり目の前からいなくなって、数年ぶりにひょっこり現れたかと思えば何てことなく接してくる。また昔みたいに戻るのかと思いきや泣いて走っていくわ、何も言わずに留学なんてして、また目の前からいなくなろうとする。お前は何なんだ。そう思ったら、伊代を放置して車に乗って、ハルたちがいつも溜まっている
バッティングセンターに向かっていた。目的地に着いて車を降りる。すると、会いたくないヤツがそこにいた。

「なんでヤマケンが来てんだ?」
「知るか」
「オレはみっちゃんに頼まれてクリスマスリースをぶら提げに降りて来たんだけどよ」
「何も聞いてねーだろ」
「シズクには会わせてやるつもりはこれっぽちもねぇ」
「…」
「そんで、吉川ならまだ来てねーよ」

言うだけ言って、ハルは上に登っていった。礼なんて言いたくないし、言う必要もない。オレはハルに何も尋ねてないんだ。あいつが勝手に言っただけだ。安心したかのように笑っていたハルの顔を思い出して苛立ちが募る。オレはさっきから何に苛ついてるんだ。曲がり角からあいつが歩いてくるのが見えた。偶然を装う気もさらさらなかったオレはずんずんとそのまま近づいていく。向こうもこっちに気付いたのか、驚いた顔をしてバカ女の後ろに隠れた。それを引っぺがして、連れて行く。後ろでバカ女がバタバタ騒いでるけど知らん。何も言わずに大人しくついてくるのとは裏腹に、カツカツとヒールの音が忙しなくついてくる音にハッとする。オレが苛ついたまま無理やり手を引いているから、ついてくる
のもやっとなのかもしれない。オレの一歩は紗希乃の何歩なんだろう。どうしてあんなに苛ついてたんだろう。オレは無理やりコイツを捕まえて、何を聞こうとしてるんだろう。

「悪い、足、平気か」

ぶつ切りになった言葉を自分で耳にして、オレはとても戸惑っていたのだとわかった。急に変わっていくものへ対応できてないんだ。今回が初めてなんかじゃない。幼い頃から、そうなのかもしれない。くだらないことだって言って、紗希乃と離れることになった原因を小馬鹿にしてたけど、実際はくだらなくなかったんじゃねーか。オレが守ってやらないといけないだなんて勝手に思ってたくせに、急に背が伸びて大人びてく幼馴染に焦ってたんだ。それで、つっぱねて、見ないふり。それで忘れたふりをしてた。覚えてたのに。

オレのぶつぎりの言葉への返事はなくて。歩くスピードを落としたまま、ゆっくりと公園へと入る。どこもかしこもカップルだらけ。そりゃそーだ、今日はクリスマスイブなんだから。そんな中、オレは幼馴染を拉致って吐かせようとしてるわけだ。ベンチはどこもいちゃつく男女であふれてる。人目の少ない所に行きたかった。


「あのね、賢二くん」

すこし息が上がって上ずった声が後ろから聞こえる。もしかしてまたあの泣きそうな顔をされるんじゃないか、心のどこかでそう思ってた。だから振り向くのをためらってた。そういう顔が見たいわけじゃない。

「ありがとう」
「……は?」

急にお礼を言われて思わず振り返ってしまい、手が離れる。噴水の広場へつながる階段を降りている途中で振り返ったから、数段上に立っている紗希乃はいつもよりも目線が近い。その顔は何かを決めたような顔をしていた。ふわふわと、いつも後ろをついてきていた紗希乃とは別の誰かがそこにいるような気さえした。

「どこまで知ってるのかわからないから、全部教える」
「……」
「ウルサイって思われても話すよ。もう、これっきりだから」

何がこれっきりなのか。オレと話すのが?こうして目の前にするのが?

「…昔はいつでも話してただろーが」
「えっ」
「聞いてねーことも、なんでもいっぱい話してた」
「…」
「どうせ、今も変わってないんだろ」

もうめんどくせー。オレは立っていた階段にそのまま腰かけた。紗希乃は、隣りに座るわけじゃなく、オレのすぐ後ろに座った。なんでそっち行くんだと振り向こうとしたら、後ろから頭をぐいっと押される。そのまま前を向けってことらしい。


「はー、どうして諦めちゃったんだろうね、わたしは」


苦笑するように溜息交じりの声が聴こえる。振り向かないまま、腕を組んで、噴水の方を見つめる。冬になって止められた噴水の中には、枯葉が溜まっていた。紗希乃は黙ったまま。オレも黙ったまま、しばらくぼうっと階段に並んで座っていた。

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