ふゆのらい

普段よりも視界が高い。それもそのはず、いつもなら履かない高さのヒールを今日は履いているんだ。今日は夏目さんたちのクリスマスパーティに伊代ちゃんと一緒に呼んでもらった。折角だからこの前買ったばかりのコートを着よう。そう思って鏡の前で着てみると、やっぱりちんちくりん。背が低いのって本当に困るんだよな。対策としては高いヒールを履くしかない。そう思って、前に一回履いたことがあるか無いかくらいのハイヒールをクローゼットの奥から掘り起こして今に至る。いつものバッティングセンター近くのコンビニで車から降りると、夏目さんとササヤンくんを見つけたので追いかけた。

「夏目さーん、ササヤンくーん」
「吉川さん、こっちですよー!」
「随分買い込んだんだね」
「そりゃークリスマスですから!フンパツしましたよ!」
「今日の吉川さん背高くない?」
「いつもよりヒール高めにしてきたの。どう?ササヤンくん抜かせそう?」
「オレへのあてつけかよー」
「んんー、吉川さんは元が小さいので抜かすのはムズかしいですね」
「まあ、抜かそうとは思ってないよ」

だったら言うなよなー、とプンプンして身長を気にしているササヤンくん。彼の左手にあるビニール袋を持とうと手を伸ばすと、ひょいっとかわされた。

「わたしも持つよ」
「オレのはいーから夏目さんと半分こして」

ササヤンくんがジュースとか重いものを持っているから、少しでも楽させてあげようと思ったけれど、本人が良いって言うのなら良いか。夏目さんが持っていたお菓子の袋を半分受け取って持つことにした。…お菓子買いすぎじゃないのかなあ。

「水谷さんは?」
「ハルくんと会場セッティングです!」
「吉田が輪っかを増産してたからきっと壁全部折り紙だらけになってると思うよ」
「折り紙の輪っかかあ。すてきね」
「これは突っ込むべきですかねササヤンくん」
「たぶんもう一人突っ込まないといけなくなるから今は黙っとこう」
「ですね!」

二人が何やら結託しているのを聞き流しながら、袋に入っているお菓子をチェックする。ポテチ多くないかな。食べ比べでもするつもりなの?疑問に思ったけど、聞くのはやめておこう。たぶん水谷さんが聞くはずだしね。そうしてバッティングセンターの建物が近づいた頃、とあることを思い出した。

「そういえば、ママがみんなにお菓子焼いてくれたんだ」
「吉川さんのお母さんが?すごいですね、何ですか?!」
「シュトーレンって知ってる?」
「なにそれ」
「えっと、何て説明すればいいのかな。簡単に言うとね、パンと…ケーキの…」
「どうしたんですか?」

急に立ち止まったわたしを不思議がって二人も立ち止まる。わたしはきっと、すごく間抜けな顔をしてたと思う。わたしの視線の先を追った二人は、驚いて目をしばたたかせた。驚くのも当然だ。だって、バッティングセンターの下には賢二くんが立っていたんだもの。しかも、すごいしかめっ面で、腕組みをして。立ち止まったわたしたちに気付いた賢二くんは、そのまんまのしかめっ面でずんずんこちらへやって来た。この表情は、良いことがない。わたしは反射的に夏目さんの後ろに隠れていた。

「おい」
「なんですかどうしてここにヤマケンくんがいるんですか」
「あんたじゃない」
「ぎゃっ!」
「お ま え だ!」

わたしや夏目さんよりも背の高い賢二くんは、夏目さんの頭を掴んで、わたしからべりっと言葉通りに剥がした。あちゃー、と眺めているササヤンくんの方へ逃げることは叶わず、しかめっ面の賢二くんに上から見下ろされたまま身動きが取れなくなった。目を逸らしたいけど、それを許さないかのように賢二くんが睨んできた。

「オレに何か言うことあんだろ」
「え、えっと…」
「無いとか言わねーよな」
「いや、その、」
「……こいつ借りるぞ」
「どうぞごゆっくり〜」
「ええっ、ササヤンくん?!ダメですよ吉川さんはっ!」
「ほらよ」

わたしが持っているお菓子の袋を賢二くんがもぎとって、夏目さんに押し付けた。そして、わたしの右手を掴んでそのまま歩き始める。賢二くんの歩く一歩はわたしには大きいし、普段よりも高いヒールを履いていてついていくのは大変だった。首だけ後ろを向くと、ササヤンくんが苦笑いしながら手をひらひら振っていて、夏目さんは地団太をふんでいた。「がんばって」ササヤンくんの口パクにさらに動揺する。そうだ、言わなきゃいけない。この様子なら賢二くんはたぶん気付いてるんだろうけど、全部伝えなきゃ。


「ちゃんと聞くから、今のうちに整理しとけよ。…紗希乃」


ずるいなあ賢二くん。そんな、急に呼ばれたら、つけれる整理もつけれなくなっちゃうよ。さっきよりも少しだけゆっくりになった賢二くんの歩くスピードに、ヒールを鳴らしながらついていく。振り返らずにそう言った顔は未だしかめっ面なのだろうか。わたしの話を聞いて、その顔がどんな変化をしていくのか想像しても思いつかない。

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