ややさむ

『忘れようとして、忘れた気になったって、いつかまた思い出して辛くなるのは賢二くん自身だよ』



確かに、確かにそうなんだってわかってる。それでも伝えてうまくいかなかったとして、思い返して辛くなることはないんだろうか。そんな疑問があいつと話をしてから頭にまとわりついてた。それでも、もう一度伝えてみようと思ったのはその話があったから。


「やらぬ後悔よりやる後悔ってことか」


水谷さんみたいな女にはこの先一生会えないだろうなんて思うくらい。オレの気付かないうちにあのもっさい女の存在が大きくなっていた。ちゃんと伝えきれずに、あのままふわふわと想い続けていたらどうなってたんだろうな。公園のベンチに座ってそんなことを思う。そう、さっき全部が終わったんだ。ハルに張り合って、わざと見せつけるように水谷さんを抱き寄せたことも、特に受けるつもりもなかった講習を受けてまで彼女の隣りに居続けようとしたことも。全部、終わった。まあ、正式に友達ってことでこれからも近くにいる理由はできたわけだ。悔しいけど仕方がない。


「なんて、すぐに割り切れるんだったら最初から悩んでねーよ」


白い息が吐きだされては消えていく。それをぼうっと眺めては、答えは出たのにわりきれない気持ちが何度も巡って、また溜息をついた。きっとこれからも忘れられない。だったら、消えるまで持ってるしかないか。ただ、一区切りつけることができたのはよかったんだろう。そうじゃなけりゃ、ただ鬱々とハルに醜い嫉妬をしていたかもしれないし。…まあ、むかつくことには変わりねーけどな。いつもだったら適当にあしらう女どものメールがすごくうざったい。会いたい、とか、どこいるの?とかうるせーな。こっちが呼ばない時にメールしてくんじゃねーよ。

…そういえば、あいつに報告するべきか…?ちゃんと区切りをつけれたのはあいつのおかげのようなものだし。そう思うけど、手が動かない。とある考えが邪魔をしてどう連絡したらいいか思いつかない。あいつが泣きそうな顔で離れていった時から、ぼんやりと思っていたことがあるんだ。もしかしたら、こいつオレのことが好きなんじゃないかって。色んな女を相手にしてきたから、何となくそうなんじゃないかと感じた。勘違いならそれで終わり。そうじゃないなら、どうしてそうなったんだと聞きたい。だって昔はただの遊び相手だった。あいつがほとんど相手にしてんのって伊代の方だろ。あいつの中の高感度で言ったらオレよりも伊代の方が高いはず。だって昔から実の兄のオレよりもあいつを可愛がっ
ていたし。


「あ゛ー……」


どうしたらいい。このままふられたって伝えるだけでいいのか。もし仮に、本当にそうだったとしたらオレは自分が嫌だったことをあいつにさせてるってことだろ。オレが水谷さんにアドバイスして、ハルとうまくいってしまって悔しい思いをした時みたいに。…今回はうまくいってないから、結果は違ってるけどな。

あいつはどういう気持ちで、オレにあんなことを言ったんだろう。


適当にばっさり切れる相手だったらよかったのに。




*



「それじゃあ、これでいいね?」
「うん、平気だよおばあちゃん」
「向こうからの返事待ちになるけれど、週明けには来るでしょう。詳細は後で電話するからね」
「うん。よろしく言っといて。先生のところには自分で行くよ。」
「紗希乃が先生のところに行く前に電話の一本でも入れとくかね」
「そうだねぇ、その方が楽かな。だったらママにお願いするよ」
「そう、それならおばあちゃんはいいかね」
「平気よ。それに、おばあちゃんがかけたら先生吃驚しちゃうよ。この前だって、もしも親御さんが来るなら正装をしなくては…!って何だか構えてたんだもん」
「はは、普通の中高年だっていうのにねえ」
「ふふ。それじゃあ、電話待ってるね。お仕事頑張って!」
「はいよ。お友達にもちゃんと話しておくんだよ!」
「はーい」

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