ほしのいりごち

冬になり、マフラーとブランケットが手放せなくなってきた。教室にいる女子はみんなキャラクターもののブランケットを膝にかけ暖をとっている。わたしも例にもれずそのひとり。本当は廊下でもブランケットを足に巻きながら歩きたいくらい。男子に言わせればスカートを長くすればいい話みたいだけどそういう問題じゃない。そんな中、教室の端っこで、彼シャツならぬ、彼セーターをしていちゃこらしているクラスメイトを見てわたしの友人たちが殺気立っている。全く場所を考えてほしいなあ。みんな羨ましいと言うけれど、実際あれをやる身になったらどうなんだろう。

「絶対テンションあがる。断言できる。」
「そうかなあ」
「だって考えてもみてよ!彼氏の服はいてぶかぶかって!絶対わたしが男だったらキュンってくる!抱きしめてあげたくなる!」
「待ってなんで彼氏目線で見てんのー」
「だって小さい子見てたらちょっとどきどきする」
「紗希乃気をつけなよ、変な奴が湧いてる!」
「んー」

友人が持ってきた雑誌をぱらぱらめくって、良いコートがないかどうか探した。あ、これかわいい。でもわたしの身長じゃあ綺麗に映えなさそうな型だなこれ。似合うだけの身長がある人が羨ましいや。

「そういえば、彼氏じゃないけど靴なら交換して履いたことあるよ」
「は?なにいつどこで?」
「夏のお祭りで足の皮剥けたから下駄と靴を交換してくれた」
「それめっちゃキュンキュンくるやつじゃん!なんで早く言わないの!」
「ていうかそれ誰?!彼氏じゃないなら何?!」

何、とは。実際わたしが一番聞きたい。幼馴染と言うには微妙な感じで、友達と言うにはなにかおかしくて。ううーん、と返事に困っていると教室の後ろのドアから見慣れた顔がひょっこりと現れた。

「伊代ちゃんだー」
「こんにちは先輩方。お昼はもうお済みですか?」
「うん。今日もお迎えー?」
「はい!今日も借りていきますね」

伊代ちゃんと友人たちが話をしている傍らで、さっきのコートの頁をスマホで写真を撮っておく。着てみたら案外イケるかもしれないし、今度お店見てみよう。

「さ、いきましょ!」
「はいはいー」

伊代ちゃんに右手を引かれ、左手ではブランケットを掴んだ。

「お姉さま、今日は音楽室に行きましょう」
「鍵は?」
「4限が伊代のクラスで鍵当番を変わってもらったんです!」
「すごい用意周到だね」
「だってお姉さまを独り占めできる時間ですもの」

最近のお昼は友人たちとお弁当を食べた後に、主に伊代ちゃんと学校のいろんなところで過ごしている。大半は図書館にいて、そこへは水谷さんを始めとしたいつものメンバーが集まるんだけど、たまにはこうして伊代ちゃんと二人っきりで過ごすんだ。

音楽室の重たい防音扉を開いて中に入る。教室とは違う匂いの部屋に不思議な気分になった。音楽室なんて、1年生の選択授業以来入ってないなあ。窓辺の壁に背を預けて足を投げ出して座った。くっつかなくてもいいのに伊代ちゃんがぐいぐいと詰めるように隣にやってくる。仕方がないから、二人の足にかかるようにブランケットを広げた。

「そういえば、お姉さまはいつになったらあさ子先輩たちに伝えるんですか。伊代が隠し事してるって怪しまれてるんですよ!」
「言うタイミングが掴めないんだよね」
「そんなこと言ってお姉さまは前日にメールを一斉送信しそうで怖いです」
「その手もあるよね」
「お姉さま!」

伊代ちゃんに窘められることなんて滅多にないなあ、なんて呑気に考えていると、頬を膨らませた伊代ちゃんがぷいっとそっぽを向く。

「大体、伊代に教えるのだって遅いです」
「話が出たのも、決まったのもここ最近の話だからしょうがないよ」
「折角お姉さまを追いかけて松陽に来たのにこんなすぐにお別れなんてー!もうもう留学なんてやめてくださいよ、伊代と一緒にいてください!」

頬を膨らませたままの伊代ちゃんに肩をポカポカ叩かれる。はは、と笑ってしまって伊代ちゃんに余計に拗ねられてしまった。そう、わたしはこれから留学するんだ。そのことを伊代ちゃんに告げてから目に見えるように寂しがり、昼休みにわたしを迎えにくるようになった。口ではあしらったりするけれど伊代ちゃんはやっぱりかわいい後輩だから、断れるはずもなくそれに応じて昼休みはお喋りしたりしている。

この留学は伊代ちゃんに言った通り、ここ最近の秋頃にぽっと出てきた話だ。おばあちゃんや両親と進路の話になったときに提示された道は二つ。日本で進学するならT大。海外に行くならおばあちゃんが契約している薬物研究のチームのいるアメリカの大学に進学してほしい。そう言われたのは夏も明け、秋に差し掛かった頃の話。これまでの高校選びだって何だっておばあちゃんたちの言われたとおりにしてきた。突然どっちか選びなさいって言われたってすぐに判断なんてできやしない。だって将来がかかってることだしね。それで答えを中々出せずにいた時、おばあちゃんがむかし研究をしていた頃の本をもらった。参考になるかもと言われて渡されたけれど正直難しくて今の私にはあまりわからなかった。
高校卒業後は適当な大学に進学してそのままうちの会社を継ぐんだろう。そう思っていた中で研究職という選択肢が現れたのは新鮮だったけれど同時に不安も覚えた。それを汲み取ってくれたのか、語学短期留学という形で一度アメリカに渡って大学を直に見てみようという提案を出してくれた。もちろん、研究内容なんて外部に見せられるものではないから、実際に目にすることができるのはごくわずかだと思う。それに一応ハイスクールには通う予定だし、少しばかり大学見学といったところだろうか。それでも行けるものなら行ってみたい、そう思った。


「一生の別れじゃないよ。半年くらいで帰ってくるし。何なら早く帰ってくるかもしれないし」
「それならお正月のバカンスだけで帰ってきてください」
「それは無理かな」
「……っ!」
「もう、泣かないの〜。中学卒業の時はすぐに吹っ切れたのに今回はどうしてそんなに重く考えるかなあ」
「だっ、て!そのままお姉さまがアメリカを気に入ってしまったら、高校卒業の後またアメリカ行っちゃうじゃないですか!」
「あー…」

そんな先の事まで見てるのね伊代ちゃん。というか、それこそわたしが考えなきゃいけないことなのか。わたし、本当になにも考えてないんだなあ。

「大丈夫、伊代ちゃんには夏目さんたちがいるじゃない。むしろ友達が誰もいなくてわたしの方が寂しくなるくらいよ」
「嘘ですお姉さまは勉強してたら友達いらないもの…!」
「ねえ、わたしそんなガリ勉じゃないんだけど!」

兄妹揃って失礼だなあ。未だに涙をぽろぽろ零している伊代ちゃんの頭を撫でながら、ひっそりと溜息をついた。少し困っちゃうけど、慕ってもらえているのがわかるから単純に嬉しい。調子に乗るから本人には嬉しいなんていってあげないけどね。

そういえば、賢二くんはどうしてるんだろう。結局、水谷さんは揺らいだみたいでも吉田くんを選んだみたいで、それ以来賢二くんとは何の関わりもない。賢二くんは吹っ切れたんだろうか。……そんな簡単に吹っ切れるはずはないか。


「ちゃんと、伝えなくちゃね」
「そうですよ。そうしないとあさ子先輩だって泣いて拗ねると思います!」
「はは…」


さて、どう伝えよう?

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