てんたかし

「今日はありがとうございました」
「いやいや、詳しいことが決まったらすぐに教えてくれよ」
「はい。失礼します」


放課後の進路指導室を後にして、廊下をとぼとぼと歩く。将来かあ…、わたしは本当に両親たちの望むところに立っていることができるのかな。どこかのファーストフード店で0円のスマイルを振りまいている自分のイメージがぽわんと浮かぶ。ああ、ダメダメ。それが現実となるならわたしはとっくに家を出されるわ。そんなことになる前にどっかの家に嫁入りさせられそうだろう。別に、おばあちゃんや両親は結婚について相手をどうこう文句言ったりしないだろうけど、就職はうるさそう。こういう時、はっきりとした目標を持てたらそれにやる気を持っていけるのになあ。母のようになりたい、そう断言している水谷さんが脳裏をよぎって溜息が出る。考えないようにしてるつもりなのにいつだってわたしの
脳内では水谷さんがガリガリ勉強してる。あと数日後にはテストがあって、きっとそこでも水谷さんに負けちゃうんだろうな。やだなあ、この一方的にライバル視してる感じ。わたしは体育会系じゃないっていうのに。


「あ、機内モードにしてたんだっけ」


勉強中に携帯の電源を切ることが賢二くん曰く水谷さんに似ているポイントの一つらしいから、些細な反抗として機内モードにすることにした。ほら、同じじゃないもん。学校は微妙に電波が悪くて、機内モードを解いてもすぐにメールを受信してくれない。通信してるマークが出てるってことは、メールか電話がきてるはずなんだけどな。一向に受信しないスマホの画面とにらめっこしながら校門を出た。仕方ないから制服のポケットに突っこんで、歩き続ける。すると、急にポケットの中でブブブ…とスマホが振動した。えっ、メール10件と電話6回って怖いんだけど夏目さん。メールは、『今どこですか?!』から始まり、『何してんですかー!』と、目的が見えないメールばかり。この前、限定メロンパンを食
べに行こうと誘われたけど、そのことかな…。それにしてもここまでしつこい連絡は初めてだ。電話で聞いてみようか。履歴に残った番号をタップすると、ワンコールするかしないかのわずかな時間で夏目さんが出た。


「もしもしさっきはごめ『今どこですかっ!!!』
「いま、学校に『まだ学校なんですかあっ!!』
「うん、それで要件はな『今すぐ来てください〜!大変なんです!!』

大変だと言う夏目さんの声に交じって、ガサガサという葉っぱの擦れる音が聞こえた。夏目さんサバイバルでもしてるの?

「夏目さん、いまどこに…」
『ちょっと夏目さん聞こえちゃうよー』
『じゃあ、ササヤンくんが吉川さん説得してください!はやく来るようにって!』
『えっ、何で吉川さん?』
『いいから早く!』
『説明ナシでそれって酷いっしょ……あー、もしもし?吉川さん?』
「お疲れさまササヤンくん、大変ですね」
『まあ、もっと大変な状況だからね』
「状況が一向に読めないんだけど、どうしたの」
『いやー、ヤマケンが水谷さんを連れていったから尾行してんだよね。あの様子だと告白だって言って夏目さんが聞かなくてさー』
「……」
『ん?吉川さん?』
「(なぜわたしを呼ぶんだ夏目さん…むしろ放っておくのが優しさでしょう…!)」
『おーい?吉川さーん?…あっ、』
『はねのけろ、はねのけろシズクっ』

電話の向こうでは何がどうなっているのか。何かに気付いたササヤンくんの後ろから呪文のように呟いている吉田くんの声が聞こえる。いや本当に何なのこの状況。

「ねえ、ササヤンくん。今どういう…」
『なんですそのくらいっ!ハルくんだっていーとこいっぱいありますよ!ハルくん、ど、どうぶつとか!好きですし!』
「……」
『水谷さんが少し揺らいだように見えて、夏目さんが強行突破しちゃった』
「うん…それはわかったよ…」


夏目さんが、明らかにさっきよりも大きい声で吉田くんの動物好きアピールをしているのはきっと、我慢できずに突っ込んで行っちゃったんだろうと予測できた。だけど、予想外だったことがひとつ。揺らいだ、ってどういうことなの水谷さん。もしかして、もしかしてだけど賢二くんに傾いちゃったの?

『うう……ごめんなさい吉川さん……逆に突っついてしまったかもしれません…』
「…」
『なに、そういうことだったの?!…あー…たぶん、大丈夫だよ吉川さん!』
「たぶんとは」
『えっ、いや…揺らいだっていうか考えただけっぽいし!若干買収されそうになっただけのような感じだったし!』

買収…?お金をちらつかせたの?お金を使ってでも水谷さんを手に入れたいの賢二くん…!未練があるなら伝えろとは言ったけど、そんな実力行使しろだなんて言ってないんだけど!

『大丈夫大丈夫!』
『ううう…ずびばぜん吉川さん〜!』
『ここで泣かれると誤解されるでしょ夏目さん!とにかく、大丈夫だからさ!』
「……ありがとうササヤンくん」

ササヤンくんの必死のフォローもちゃんと耳に入ってこない。ひとまずお礼を言って、通話を終えた。帰り道をとぼとぼ歩きながら、頭の中はぐるぐるフル回転している。そうだよね、一回ふったからと言って2回目もふるとは限らない。賢二くんがちゃんと、未練も残さず伝えることができてそれで終わると、どこかで安心してたのかも。今更それに気付いて頭を殴られたかのような感覚になる。うわやだ、これ本当に塩送ってたよわたし。どうしよう、ここで水谷さんが賢二くんを選んだら。頭がそればっかりで埋まってしまう。

いや、でも…ケリをつけなきゃいけないって思ったんなら、これが潮時なのかもしれないね。水谷さんが賢二くんを選んでも選ばなくても、わたしもちゃんと伝えなきゃ。あーあ、変にこじらせてしまった小学生の頃の恋はかなり面倒なことになってるようです。すっきり終われる日が来るといいけれど。

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