つるべおとし

昨日は学校からまっすぐ図書館に向かっていたはずなのにかなり時間がかかった。タクシーを使えばよかったと後悔したのは、待ち合わせのカフェのテラス席で優山さんと何やら話し込んでる姿を見つけた時だった。お前はなんでマーボと繋がってたり優山と仲良くなってたりしてんだよ。水谷さんといいお前といい、どこか不用心で見ててはらはらする。

「君は何にも羨ましがることなんてないよ」

優山さんが笑いながら言葉を投げかけると、あいつは口をぽかんと開けてそれを聞いていた。一体何の話だ。内容を問いかけても結局詳しいことはわからないままだった。気にはなるが目的を果たさなくては。その一心で、なるべく単刀直入に伝わるよう気を付けて話をした。それからの達成感。べつに大したことじゃないけど、昔のいざこざをチャラにできたことがすがすがしい。内心ガッツポーズをしていたことは内緒だ。ばれたら面倒だしな。あの後に、別れる頃にはなぜか不機嫌な顔をされたままだったが、「昔のことで怒っているわけじゃない」の一点張りで、何に怒っているのか不明だった。女ってすぐに不機嫌になるからめんどくせーな。そういう時は流すに限る。そう思って、深くは問い詰めなかっ
た。

それからの今日。放課後にたまたま駅前を歩いていると、優山さんの部下とあいつが二人で立ち話をしていた。


「おい」
「…あれ、賢二くん?」
「何してんの」
「ああ、これはこれは!修羅場ですか!」
「「は?」」
「いや、二人同時に睨まないでくれますか」
「こんなとこで何してんの」
「いやあ、昨日のカフェで吉川さんの本を優山さんが間違えて持って帰って来てしまいましてねぇ」
「あのカフェに届いていないか聞きに行こうとしたら安藤さんが持ってきてくれたの」
「ですので未成年に手を出すような犯罪はしていませんよ!」
「「…」」
「今のはわたしが悪かったです、睨まないでくださいお二人とも」


にやにや笑って、そのまま「優山さんを迎えにいかなくてはいけませんので、それでは!」と言って黒塗りの車に乗り込んでいった。


「賢二くん、どこかに行くの?」
「図書館」
「じゃあ、一緒に行こうか。わたしも図書館に行くの」


目的地が同じなら別々に行く必要もない。二つ返事で一緒に図書館まで行くことにした。それにしても、また今日も勉強か。


「昨日も行ってたのに今日も行くのかよ」
「必要な文献があるんだー。家の本じゃ賄えなくて」
「何の本?」
「薬物実験の本なんだけどね、少しわからないところがあって」
「待て待て待て、授業と受験じゃねーのかよ!」
「それは家にあるもので補えるから平気だよ?」
「じゃなくて!なんで今そんなことしてんだよってことだ」
「おばあちゃんが昔取り組んでたことだから、この先の進路を決める材料にしようかと」
「お前どこの大学行こうとしてんの」
「まだ決めてない」
「親は何て言ってんの、大体どこにしろとか何とか言ってくるだろ。つーか、お前の兄貴はT大出身だろお前もそこ行けとか言われないの」
「候補は他にもあるんだよね。それで、絞ってはいるんだけどどっちにするかで将来がかなり左右されるというね…賢二くんの方は?病院継ぐんでしょ、どこ大受けるの?」
「じーさんにはT大に行けって言われてる」
「おお、さすが」

茶化すように笑っているけど、どこか笑えていないのは将来のかかった事だからなのか。昨日ほど不機嫌な顔ではないけど、どこか沈んだような顔つきだったのが気になった。

「お前もT大受けたら、同じだろ」
「…そうだね。受けたら、ね」

まだ高校2年だし、ナイーブになるには早いだろ。そう突っ込みたいけど、まあ気を使ってやるか。深く掘り下げないようにしておこう。

「水谷さんは?」
「は?」
「あの子はどこの大学受けるの?」
「なぜそれをオレに聞く」
「予備校一緒で授業も隣で受けてて、ふられた今でも気が抜けないと吉田君が教えてくれたよ。だから知ってると思って」
「あいつめ…!!」
「知らねーよ。流石にまだ志望校の話なんてしないし、つーかふられたふられたってあいつらうるさすぎ」
「…」
「それに、水谷さんの眼中にはオレなんかいねーの。ハルの事しか考えてないから、オレのことなんか、これっぽっちも考えてないんだよ」

「それって、水谷さんに伝わってるの?」


あいつが急に立ち止まったから、オレだけが数歩進んでしまった。振り向くと寂しそうな顔をして、そんなことを尋ねてきた。


「もうふられたってバカ女たちに聞いただろ、」
「でも、水谷さんはちゃんと考えてくれる人だと思う。もしかして賢二くん、ちゃんと伝えられていないんじゃないの」
「……なんでそう思うんだ」
「だって、ふられて忘れられないのって何か未練があるのでしょう?好きって気持ちは当然残ってるだろうけど、それとは別にすっきりしてないのって伝えきれていないことがあるからなんじゃないかな」


だって、ふられても諦めないだなんて恰好悪いだろ。必死に必死にもがいてるなんてオレには似合わないね。そう、似合わないんだ。オレには。


「気付いてないの?昨日だってそうだよ、水谷さんのことばかり考えてるでしょ」
「……」
「わたしと似てる、とか言っちゃって。ただ、水谷さんの面影を探してるだけじゃない」

昨日の帰り際と同じ顔をして、軽くうつむいている。何なんだ、昨日からなんでそんなに…泣きそうなんだよ。何がそんなに悲しいんだよ。オレの問題なのに。



「忘れようとして、忘れた気になったって、いつかまた思い出して辛くなるのは賢二くん自身だよ」



「ごめんね、やっぱり帰る。気を付けて帰ってね」そう行って走っていく後姿に何も言えずに、まぬけな面を晒しながら見送ることしかできなかった。泣いているようにも見えたけど、結局追いかけることができなかったから、わからない。


「蓋しても、伝えてもどちらにせよ辛いってことか」


そうだよな。その通りだ。ひとまずちょうど通ったタクシーを拾って家に帰ろう、それで、この先どうするかちゃんと決めよう。そうじゃないとどのみち先には進めないんだ。
重苦しい溜息を肺の底から吐き出して、目を瞑った。

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