ゆうぎり

「で、何でしょうか」
「あー、何て言うか…、前にお前が言ってただろオレに『もう家に来るな』って言われたって」
「そうね、確かに言われたね。賢二くんは覚えてないみたいだけど」
「いや、思い出した。確かに言った」
「ほら!言ったでしょう!それなのにこの前は言ってないだなんて言ってくれちゃってさ!」
「うるせーよ忘れてたんだからしょうがねーだろ!」
「開き直らないでよ!」
「そういうお前だってオレのことチビって言いやがっただろうが!」
「え?チビ?」
「都合のいいとこだけ覚えてるだけだろお前。確かに、オレは『家に来るな』って言ったけど、それはお前がオレよりでかかったからなんだよ」
「ちょっと待って。でかかったって身長の話?」
「それ以外に何があんの、態度か?それもないわけじゃねーけど」
「あれはわたしが大きいんじゃなくて賢二くんが小さかったんじゃない。わたしと伊代ちゃんそんなに変わらなかったよ?」
「…」
「なあに、ずっとそんなこと気にしてたの?だから、久しぶりに会った時も『でかい』だのなんだの言ってたのか…」
「そんなことって言うならお前が気にしてたことだってオレにとっては同じなんだけど」
「…」

チビだなんて、そんなこと言った覚えがない。でも少なくとも小さいとは思っていた。ってことは少なくとも言っている可能性があるわけだ。それでも、喧嘩をしたのはその時くらいしか記憶にない。覚えてないだけなのかなあ。

「なんであんな、適当に言ったこと信じたんだよ」
「適当って、」
「当時のオレにとっては切実な問題だったわけだけど、どう考えたって理不尽な言い分だろ」
「理不尽だったことは認めるのね!」
「ガキの頃の話だからな」

今も十分理不尽なところがあるような気がしないでもないんだけど、そのあたり本人はどう思ってるんだろうか。

「だって、傷ついたんだもん」
「そんなやわじゃねーだろお前」
「わたしって賢二くんの中で図太いと思われてるの?」

べつにやわじゃない。それは確かにそうなんだけど。やっぱり、好きな人に否定されたら悲しいじゃない。あれはふられたようなものだし。小学生に自分で気持ちの所在をやり繰りして折り合いつけろったって無理な話だ。高校生になった今でさえ四苦八苦してるんだから。あの時、賢二くんに来るなと言われてから実は少し荒れていた。荒れてると言っても、ご飯は三食ちゃんと食べて夜はしっかり練たし、すこし勉強をさぼってみたりしただけ。ああ、そう言えば自分より小さい男の子と出会ったらイラついていたっけ。やっぱり賢二くんにチビって言ったかもしれないなあ。


「まァ…、悪かった。こっちはそんなに気にされるとは思ってなかったんだよ」
「そうね、わたしもチビって言ったかもしれないしね…こっちこそごめんなさい」
「ということで。この件に関しては互いに恨み言はもうナシ。いいな?」
「……あまり悪びれてる様子がないのが少し気にかかるけど…」
「それを言うならチビと言われたあの日のオレだって傷ついてんだ」
「オッケー、この件はおしまい!」


まあ、気にはかかるけど、本当に終わったことだしね。それに、嫌われて拒否されたのではないことがわかってすこしだけどホッとした。よかった。


「そういえば、メールの返信おせーよ。伊代と出かけてたんだったらその後にでも返せただろ」
「家庭教師来てたから携帯の電源切ってたの。ごめんごめん」
「家庭教師?そんなの呼んでんの」
「賢二くんこそ予備校行ってるじゃない。ママがその話きいて増やしちゃったんだからね!」
「そんな頭悪いのか。学年何位?」
「水谷さんのひとつ下」
「数字じゃねーのかよ」
「だって吉田くんがテスト受ける時と受けない時があるから2位になったり3位になったりするの」
「…へー」
「なあにその反応」
「お前もガリ勉なのかと思って」
「も、って…」
「勉強中は携帯の電源切るわ、放課後はまず図書館行くわで水谷さんみたいだと思っただけ」
「…」
「何だよその顔」
「べつに、なんでもない」
「すげー不機嫌そうな顔してるけど」
「してない!」


やっぱり。賢二くんは水谷さんのこと諦めてないんだ。水谷さんのことは友達としてとても好きだけど、賢二くんから水谷さんの話が出ると内心穏やかじゃない。内心どころか隠せてすらない。だって、比べるならまだしも似てると言われて、嬉しくなかった。それって、重ねてるだけじゃない。わたしを見てるんじゃなくて、結局は水谷さんなんだ。嫌われてなかったことが嬉しかったのに、一気に気分は急降下。そりゃあね?すぐに好きになってほしいなんて無理があるし、何よりこちらは何のアクションもしてないんだからわたしの望む方へはいかない。わがままだってわかってるけど、嫌な気分だけが胸に残ってしょうがない。


何にも羨ましがることないなんて言われても、やっぱり水谷さんが羨ましくなっちゃうなあ。吉田くんのお兄さん、あなたの言うことを信じることはできないようです、ごめんなさい。

無性に泣きたくなって、でも泣いてるとこは見られたくないから、そのまま話を切り上げて、無理やり眉間にしわよせてそれから賢二くんとばいばいした。

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