あきのよ

「……遅い」

現在の時刻は22時30分。たまに遊んで帰った時にこのくらいになる時だってあるから別に夜遅いとは思わない。ただ、昼過ぎに送ったメールがこの時間まで返ってこないなんてそうそうないだろ。オレが連絡したら大抵の女はすぐに返事をしてくるのに。……まあ、そこらへんの女と同じだとは思っていないが流石にこれはない。昼寝してるとか?いや、それはないか。だって伊代が二人で出かけてきたってリビングで騒いでいたんだ。っつーことは、オレがメールした時は伊代と出かけてたってことだろ。それでこの時間まで返事がないとかどうなってんだよ。イライラしながら机に向かって、数学の問題をひたすら説き続けていく。あー、めんどくせ。あと何ページあんのこの課題。この際こっちから電話でもかけ
てやろーか。そう思って、スマホのロックを解いたと同時に新着メールを知らせる通知が軽い音と一緒に現れた。


『返事が遅れてごめんね!勉強してて返すの忘れてたよ。今日は伊代ちゃんと二人でパンケーキを食べに行ってたの』

おまえは水谷さんか。勉強していて返信を忘れるなんてあのガリ勉女くらいだといってくれ。そしてメールの文章は申し訳程度の絵文字はついているが内容はあっさりしていて、ますます彼女と被って思える。振り絞るような溜息を吐いて、そもそもなんで遠回しなメールを送ってしまったのか自分に文句を言いたくなった。少し謝ろうと思っただけだ。数年前の出来事の謝罪を切り出すのはなかなか難しい、と思ってとりあえず何してるかメールしたんだけど、結果的に失敗した。これ最初から本題入った方が早かっただろ。こいつもきっとハッキリ言わないと通じないタイプの人間だ。頭の中にもっさいガリ勉女を思い浮かべてそう感じた。


「……しょうがねー」


メールで簡潔に謝って変に解釈されても困る。目的は謝ることだけど、実際のところオレはそこまで非を感じてない。っつーか、あいつもオレのことチビって言ったんだからあいこだと思う。ただ謝ってしまえば全面的にこっちが悪くなる。変に解釈されないようにしながら謝れたらベストだ。そうすりゃ、恨まれることも無しで万々歳だろ。そうなると直接言うのが手っ取り早い。電話でもいいけど、勉強していたと言われて気分が萎えた。明日、出直すか。

明日の放課後に予定があるか、それを尋ねるメールを返すと、『図書館に行こうと思ってたんだけど…その後でもいい?』と返ってくる。何なんだよマジでおまえ水谷さんと組んでんじゃないだろうな。軽く舌打ちして、図書館近くのカフェで待ち合わせる約束をしてスマホを閉じた。


別人だってわかってるけど、中途半端に似てるのが気になる。
何度目かわからない溜息を吐いて、お茶でも飲んで一息つこうとキッチンに向かう。すると、リビングで母親と妹が深夜ドラマを見てきゃーきゃー騒いでいた。「ひぃっお兄ちゃん?!」オレは化け物かよ、この中2病が。

「賢二〜、アンタ二股とかしたらダメよ〜」
「うっせ」

二股どころか決まった相手もいねーよこの野郎。母親がけらけら笑いながらそんなことを言うから、もやもやが強くなった。冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出してぐいっと呷る。テレビでは、そこそこ整った顔立ちの俳優が歯の浮くような台詞を女優に囁いている。はん、あんなのがいいのかよ。趣味悪すぎ。俳優の髪が少し長髪気味で、とある人物を彷彿とさせるのが無性にイライラする。どいつもこいつもめんどくせー。

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