みずのあき

文化祭が終わってから、すっかり周りは受験への準備に入っている。いつまでもふやふや腑抜けていられない。そうは言ってもみんなそんなにすぐ切り替えられるわけじゃない。

「ふふ、一度食べてみたかったんです。ここのパンケーキ!」
「お店も落ち着いてて結構好きかも」
「でしょう!お姉さまが気に入りそうだと思って伊代がずっと温めていたんですよ!」
「うん…使い方あってるような合ってないような…」
「まあ、お姉さまったらシズク先輩みたいな細かいこと気にしないでくださいな」
「そうだね今に始まったことじゃないもんね」

週末に伊代ちゃんと一緒にとあるパンケーキ屋さんにやってきた。まるで伊代ちゃんが育ててきたような言い分だけど、普通に最近できたばかりのお店だったりする。並ばないと入れないここに少しばかり並んで入った。思ったよりもスムーズに入れてよかったなあ。ほんのりレモンの香る水がかわいいグラスに注がれて運ばれてくる。もう秋に入ったけれど、夏を思わせるこの爽やかさに気分が良くなった。

「そういえば、お姉さまにお聞きしたいことがあるんです」
「なーに?2年の教科書ならあげるよ、あと少しで使わなくなるし」
「ほんとですか!」
「うん。何なら参考書もあげる。あー、でも賢二くんに貰った方が早いね?」
「お兄ちゃんからなんて貰えません!最近、目があっただけでも露骨に逸らされるんですから!」
「それって最近だけじゃない気がするよ」
「はっ!違いますこんなことじゃなくて!」
「うん?」
「最近、先輩方とお姉さまで何かしらこそこそしているのは何でしょうか…伊代だけ仲間はずれで寂しいです…!」
「…」
「えっ、シカトですか!?」
「いや、そのね…?」
「何ですか伊代に話せない内容なんですか!伊代の方が先輩方よりもお姉さまと付き合いが長いのにーっ!」


付き合いの長さ云々ではなくそもそもの繋がりで問題が生じているのよ伊代ちゃん。伊代ちゃんが喜ぶ言い方をしてあげれば、その血がいけないわ。うん。カルマ背負ってる。うんうん。
あなたのお兄ちゃんのことで夏目さんに問い詰められてるだけなんだけどね。そうはっきり言えたらどんなにいいことか。言ったら最後、さっきの伊代ちゃんの言葉が丸々そのまま賢二くん本人に飛ぶに違いない。伊代ちゃんはいい意味でおバカだ。本能のままに生きてるから絶対本人に問い詰めると思う。


「……べ、」
「べ?」
「勉強を、教えてるだけだよ…!」
「えぇ?」

伊代ちゃんの顔がさらに訝しげな表情になる。

「勉強ですか?シズク先輩だけならわかりますけど、あさ子先輩まで勉強を?」
「そう…あまりにも救いようのない夏目さんの進路のために水谷さんとタッグを組んで時たま大島さんの助けを借りつつ勉強を教えてるの!」
「まあ…確かに進路調査票を出さないといけない時期でしょうし大変ですねぇ…でもそれなら、伊代に黙ってこそこそしなくてもいいじゃありませんか!」
「ほら夏目さんにもプライドはあるからさ」
「えっ、勉強で?」
「……」

何とも言えない。実際勉強に関してプライドがあるように見えない。夏目さんにあるプライドというものは、友達が少なからず(ここ重要!)いるということ、ネットに強いこと、それくらいしか思い当たらない。何て答えようか考えていると、注文したパンケーキがちょうどよく運ばれてきた。フルーツがたっぷり乗ったパンケーキを見て、伊代ちゃんの目がきらきら輝く。「わああ美味しそうですよお姉さま!」よし、これでこの話はおしまいだね。夏目さんたちといると食い気に負けてすぐに食べてしまうけど、さすが伊代ちゃんだしっかり写真を撮ってる。何だろうな、あれか、水谷さんが携帯を使う考えがあまりないからみんなすぐ食べるのか。まあ、撮って何になるわけでもないけれど写メを撮っておこう
。そう思ってスマホを鞄から取り出すと、一通のメールが届いていた。知らないアドレスからだったから気になってすぐに開いてみる。件名はなし。本文に書いてあったのは、『賢二だけど。マーボからアドレス聞いた。今なにしてんの?』………はい?今なにしてる?あなたの妹とパンケーキ食べようとしてる。っていうか、いきなり何?!

「お姉さま?どうしたの?」
「うっわあ!」

完全に脳内思考モードに入っていたせいで伊代ちゃんの問いかけに驚いてしまった。そしてわたしのスマホはそのまま手を離れて床にスッコーン!飛んで行った。

「お姉さま?!もう、急にどうしたんですか。スマホ飛ばしちゃって…」
「わわ、わたしが拾うからいいよ伊代ちゃんそのまま、」
「あ、メール来てますよ」

わたしが言い切る前に伊代ちゃんはしっかりスマホを拾ってくれました。そして、そのまま画面を見てしまった。あああ何か、何て言うか、さっき隠した意味がないっていうか.
感づかれたかもしれない、そう思ったら恥ずかしくなってきた。

「そ、そっか…だ、誰からだろー……」
「あさ子先輩みたいですよ」
「えっ?」
「はい、どうぞ。今度は落とさないでくださいね」
「ありがと…」

受け取った画面を見てみると、夏目さんからのメールの通知がどーん!と正面に出ていた。賢二くんのメールの本文が短かったから通知に隠れてしまっていたようで、伊代ちゃんは気付かなかったみたいだ。今回ばかりは夏目さんに感謝しないとなあ。夏目さんありがとう。内心感謝しながら本文を見てそっとアプリを閉じた。ブログの移転のお知らせなんていらないや。

「お姉さま早いところ食べましょ!夕方から家庭教師の先生がいらっしゃるんでしょう?」
「そうだね、早く食べたら少しショッピングできるね」
「はい!あっ、半分こしませんか」
「するする〜」

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