つきしろ

親は病院の院長。勉強はそれなりにできて将来も安定の人生イージーモード。いつだって女の方から寄ってくる。そんなオレが高校二年の春、もっさいガリ勉女にフラれた。わかっていたことだが、納得いかない。何であんな奴がいいんだ。オレの方が絶対にかっこいいだろ。すっきり忘れてしまえれば楽なのにと思いながらも考えてしまう。

「ヤマケン見ろよこれ!ガリ勉やべーぞ!ぎゃははは!」
「あ?」

マーボが寄越したスマホの画面には、うさぎの着ぐるみとバカ妹と幼馴染が写っていた。

「…なんだこれ」
「伊代に学祭の写メ寄越せって言ったらこれが来た!夏目ちゃん写ってねーし、ほぼ着ぐるみと伊代だし、端っこにいる吉川ちゃんしか癒しがねえわー」
「癒し、ねえ…」
「この吉川ちゃん似合ってるよなー、さっきメールして本人に写メねだったけど玉砕だったわ」
「本人?」
「へへ、俺ら吉川ちゃんとアドレス交換したの!たまにメールしたらちゃんと返してくれてさー、合コンで傷ついた心を癒してくれるわけよ」
「ふーん」

いつのまにこいつらと仲良くなってんだよあいつは。まるで大正時代の女学生のような恰好をしている幼馴染の姿を画面越しに眺めてそんなことを思った。まあ、幼馴染とは言っても数年間会ってなかったし、本当に幼いころだけの関係だ。オレがあいつに家に来るなと言っただの何だのとこの前言われたがそんな覚えはない。そもそも来て悪い理由が思いつかない。あいつは急にぱったりと家に来なくなった。代わりに伊代があいつの家に通うようになっていった。それからこの間まで、名前こそ親と伊代の間で出るものの、目にすることはなかった。だから偶然に病院で再会した時は、伊代に言われるまで気付けなかった。っていうか、変わりすぎだろ。初等部の頃なんてオレよりも背がでかかった。それこそ隣
りにいるのが嫌になるくらい差があったもんだから、伊代よりも小さな女がまさかあの幼馴染だとは夢にも思わなかった。


「(ていうか、マジで縮んだなこいつ…)」


隣りが着ぐるみと何重にも重ねた着物だからか、シンプルな恰好の幼馴染はとてもこじんまりして見える。今年の夏祭りで偶然遭遇した時に、オレの頭に乗った葉っぱを取ろうと一気に近づいてきたあいつに、柄にもなくドキリ。巨大女を想像していたわけではないけども、想像以上に小さな手と顔と、っつーか全部に何故か驚いてしまった。もっと驚きだったのが、足。見た目の小ささは、きっと自分が以前よりも成長して大きくなったから余計に小さく感じるだけだろう、そう思っていた。見ただけでも相当痛そうなくらいに下駄で擦れた傷を見て、助けてやるかと軽い気持ちで下駄と靴を交換してみた。かなり小さい。ぐいぐい足で下駄の鼻緒を伸ばして履いても、ちゃんと指が入らなかった。仕方ないから足
に突っかけてカランカラン地面にひっかけながら歩く。こんな小さい足だなんて、小学生んときから成長してないだろ。オレの靴を履いてガッポガッポ歩く姿を横目に、そう思った。

オレが水谷さんにフラれたことは周りのヤツらが知ってるのはわかっていたけど、その時いなかったあいつがそのことを知ってるのが何だか気に入らなかった。大方、あの馬鹿女かハルが教えたんだろう。変に気遣う様子が何故か気になる。ほかの奴らなんて嬉々としていじり倒そうとするのに。極め付けは、病院での出来事だった。不本意だが病院で優山さんに声を掛けてしまって、フラれたことをいじられた。そこに運悪くあいつが居合わせた。どこかに行け、と睨みつけたものの、明らかに焦っているあいつには通じなかった。そうこうしている内に優山さんに見つかり、水谷サンからあいつに乗り換えたかのように言われた。そんなわけない。あいつはそういうんじゃない。あいつから寄ってくることなんて
ないんだ。いつだって、オレをちやほやしてくれる、寄ってくる女たちをじっと見ているだけ。猫なで声で近寄ってくる馬鹿な女たちとは違う。馬鹿にしてんじゃねーよ。そして、優山さんの言うことは違うと訂正したら困ったように笑っていた。

この数か月、昔のイメージをすべて上塗りするような出来事ばかりだった。小さい。一言にまとめるならばその言葉に尽きる。もし、あいつが初等部の後もずっとうちに遊びに来ていたらそこまで思わなかったかもしれない。気付けばオレが抜かしていた、というようにぼんやりと変化を感じるだけだろうし。初等部の頃のあいつは本当にでかかったんだ。海明の同じ学年の奴らの中ではそこまで小さくなかったオレよりも遥かに高かったから、オレが身長をコンプレックスに感じるくらい差は大きかった。


『知ってるかヤマケン!山田のやつ妹よりも背がちっせーんだって!姉ちゃんならわかるけど、妹より小さいとかダセーよな!』


………なんかとんでもないのを思い出した気がする。初等部の頃のマーボが頭の中で『小さいとかダッセー!』と繰り返し騒いでいる。今のお前は小さいけどな。そう言ってやりたいが、頭の中で騒いでるのは数年前のマーボだ。今伝えても意味はない。


『いよちゃーん、けーんじくーん、あっそびっましょー!』
『いやだ』
『どうしたの賢二くん』
『おまえでかいから嫌だ!』
『わたしがでかいんじゃなくて賢二くんが小さいんでしょー』
『小さいとか言うなよ!もうお前家に来るなよ!』
『こなきゃいーんでしょ賢二くんのチビーっ!!』



……これ全面的に悪いのオレじゃねーか。でも勘違いかもしれない。そうだきっと、前のことだから曖昧になってるだけだろ。………いや…どう思い起こしても、その後からあいつに全く会わなくなった気がする。オレは完璧に忘れていたけど、向こうは覚えてる。そりゃ怒るわ。言ったか言わないかで押し問答を繰り広げていた日のことを思い出して頭が冷えた。オレあいつに悪いことしかしてない…!今更謝ることなのか、でも向こうは覚えてるし。



「マーボ、スマホもう一回貸せ」
「あ?なんで?」
「…ユカリの友達がアドレス登録してほしいらしいから入れてやるよ」
「えっまじで!」


仕方がない。今回ばかりはこちらに非がある。それに、相手は馬鹿な女たちじゃない。ここでちゃんと謝っておけば何も心配ごとはないだろ。マーボのスマホからあいつのアドレスをオレのスマホに送る。


「何て子?!トミオたちが掃除から帰ってきたら自慢してやろー!どれ?どれだよヤマケン!」
「みち子」
「古風な名前だな!み…み…入ってねーぞ」
「オレは一度送ったから届いてなくても知らねー」
「ハア?ふざけんなよヤマケン!」


ふざけんなはこっちのセリフだばーか。

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