あきのの

『けんじくん、おままごとしよう!けんじくんがパパでわたしがママ。いよちゃんが赤ちゃんね』
『いよがオレのこどもとかいやだ』
『わがままいわないの。ほうら、パパおはよう!朝ごはんできてますよ』
『ニンジンいらない』
『すききらいしたらおっきくなれないんですよパパ』
『……べつにきらいじゃない』
『そー?それじゃあ、たくさんたべてね。あっ、いけない。しんぶんをパパにあげていませんね』
『しんぶん!』
『いよちゃんありがとう!いいこいいこ。パパはどっちのしんぶんがいいですかー』
『どっちでもいいよそんなの』
『それじゃー、けーざいしんぶんね。きょうのかぶかはどうですか』
『かぶかってなに』
『わかんない、わたしのパパとママが毎日かぶかのおはなししてるの』
『なんだよ、しらねーのかよ』
『それじゃあ、けんじくんはしってる?』
『しっててもおしえてやんない』
『えー、なんでー?』
『おれはあたまがいいからなんでもしってるけど、おまえはなにもしらないから』
『だってまだよーちえんだよ』
『おれさまはよーちえんでもなんでもしってる』

『はいはい、けんじくんはすごいですねー』







「朝からどうしたのお兄ちゃん。物凄い音がしたけど」
「別に」
「ベッドから落ちたの?」
「ちげーよ」
「怖い夢でも見た?」
「……へんな夢は見た」
「(お兄ちゃんが素直に答えるなんて…!)」


*



とある休日の昼下がり。おばあちゃんのお使いで山口病院にやってきた。表から入ろうとしたけど、表には吉田くんのお父様の愛人スキャンダルで飯を食ってる週刊誌記者たちが押し寄せていたので裏から失礼することにした。もはや顔パスだ。ナースさんは普通に通してくれる。薬を用意してもらう間にお手洗いを借りた後、女子トイレの前でうろうろしている賢二くんを発見した。なんでそんなとこにいるの、こっち非常口と女子トイレしかないんですけど。


「何でここいんの」
「お手洗い使ってるだけだけど…」
「ちげーよ、何で病院いんの」
「ああ、そういうこと。おばあちゃんのお薬もらいに来たの。そうしたら表にマスコミだらけだったから裏から通して貰っただけだよ。吉田くんのお父様のマスコミ人気はさすがね」
「あっても嬉しくねーだろあんな人気」

ハッ、と小馬鹿にするように笑ったかと思えば何となくわたしの隣へやってきた。そうかそうか。きっと出口に行きたいのね。口に出したらどうせ否定するだろうから、何も言わずにナチュラルに誘導してみる。そのままふらり、と賢二くんは付いてくる。いつか誘拐されたりしそうだな、と思ったことは秘密です。


「あっ、吉川さん、おばあ様のお薬の用意できたわよ。あら、賢二くん来てたのね!!どこか行きたいの?入口?出口?」

若いナースさんがハートをまき散らしながら近づいてきた。どうやら賢二くんがお気に入りらしい。賢二くんは、にっこり笑って「妹がどこかに行ってしまって」と伝えている。ちがうでしょ、どこかに行ったのはきっと君でしょ賢二くんや。かっこいいと煽てられて嬉しそうな賢二くんを置いてナースセンターに向かうことにした。とっととお薬もらって帰ろう。宿題もあるし。


ナースセンターで婦長さんから手渡しで薬の入った紙袋を受け取った。そして、ナースセンターを出ると、賢二くんがまだ廊下に立っていた。伊代ちゃんのこと待ってるのかな。そう思って声を掛けようと近づいたら、賢二くんの前に男の人が立っていた。


「(誰だろう、どっかで見たことがあるような無いような面立ちだけど…)」
「……!」

わたしに気付いたらしい賢二くんが眉根を寄せて睨んできた。視線が来るなって言ってる。来るなと訴えられても、二人が立っているところを通らねば先に行けないし…またトイレに戻れって言うのかな。どうしようか、立ったまま悩んでいるとこっちを思いっきり睨んでいた賢二くんの視線を追って、男の人の目線がこちらに向いてきた。一瞬、顔を赤らめて動揺したかと思えば、それを取り繕うように賢二くんに含みのある笑顔を見せた。

「知り合い?フラれたばかりでお相手がいるなんてさすが。まあ、雫ちゃんと君は見たとこいい友達止まりだったしね」

そんな言い方されたら、まるでわたしが賢二くんの寂しさを埋めるためのキープ女みたいじゃないの。都合のいい女扱いされて少々頭にきた。この失礼な男の人は一体何者なのか、本人に問い詰めようと近づくと、賢二くんに腕をぐいっと引っ張られ、男の人から遠ざけられた。

「元気出しなよ、人間誰しも1度や2度3度フラれることぐらい―…」
「あーっ!もうお兄ちゃんっ!伊代が車呼ぶまで待っててって言ったのに!……っ!メビっ、優山さま?!」

男の人が笑顔ですごいことを言いかけたその時、ぷんすか怒っている伊代ちゃんがやって来た。すると男の人の態度が一転。さっきまで賢二くんをニコニコ煽っていたのが、伊代ちゃんに迫られて顔を真っ赤にしてもじもじしている。ああ、もしかしなくともこの人が伊代ちゃんの運命のお相手のメビウス様なのか。さっきは頭に来て何か言ってやろうかと思ったけれど、目の前でもじもじしているメビウス様を見たらその気が失せた。告白まがいなことをして賢二くんにシバかれている伊代ちゃんに苦笑いしていると、伊代ちゃんの言動に明らかに動揺しているメビウス様と目が合った。すると、最初に目が合ったときのように、若干顔を赤らめつつ、「ごめんね」と言った。何に対して謝ったのか。それを尋ねた
かったけど、伊代ちゃんをずるずる引きずる賢二くんに促されて一緒にその場を後にすることにした。


そのあと、山口家の車で送ってもらうことになり駐車場へと歩いた。


「あれ、この辺りで停まってたハズなんですけど…お姉さまごめんなさい、車を呼んでくるのでお兄ちゃん捕まえといてください!」
「はーい」

きょろきょろと車を探しに行った伊代ちゃんを眺め、ちらりと隣の賢二くんを見てみる。無表情、というよりも何か考え事をしているような顔だったから何も声を掛けられなかった。

「ちがうからな」

沈黙を破ったのは賢二くんの方だった。

「あいつが言ってたことはちがうから」

あの人が言っていたことのどれが違うんだろう、あれか、キープ女扱いされた時のことか。そうね、わたしは別にそういうんじゃないもんね。

「でも、元気なさそうなのは事実よね」
「は?オレが?」
「うん。人生フラれることは何回かあるってあの人言ってたけどその通りだと思うよ」
「そーいうオマエはフラれたことあんの」
「……あったはず……」
「曖昧じゃねーか」
「悲しかったから、忘れちゃった。もう曖昧になっちゃってるなあ」
「……」
「それでも、今はすっきりして笑えてるし賢二くんもきっとこの先笑えるよ。ただし、女の子とっかえひっかえはおススメしないわ」
「女の方から来るんだから知ったことじゃないね」
「はいはい、賢二くんはすごいですねー」
「……は、」
「どうしたのそんなにびっくりしちゃって」
「いや、何でもない」

急にびっくりした顔で固まった賢二くんがおかしくて、笑ってしまった。すると、笑うなって少し不機嫌になってしまって、伊代ちゃんが来るまで少し困ってしまった。まるで子供みたいなんだもん。


「……株価のチェックしてんの?」
「え?パパはしてるけど?」


突然なんなんだ君は。わたしの答えに対してぶつくさ独り言を言いながらうんうん考え事をしている。伊代ちゃんと車はやく来てー。

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