ひすずし

「吉川さんのクラスは文化祭で何をするんですかー?」
「駄菓子屋だよ」
「駄菓子!ふふん、何のヒネりもありませんねえ」
「B組はくまとかうさぎのお好み焼きだったよね。確かにかわいくておもしろそう」
「なっ…?!なぜ、なぜ吉川さんがそれを!?」
「普通に友達に聞いただけだよ?」
「ふ、普通…」

昼休み、職員室に行った水谷さんに置いて行かれた夏目さんに半ば拉致される形で屋上にやってきた。夏目さんがやたらもじもじしているから話を聞いてあげると文化祭の話だった。それくらい廊下で聞いてくれ。

「吉川さんって実はササヤンくんばりに顔広いですよね」
「そうかなー?彼の周りにはいつもいっぱい人がいるじゃない。わたしは挨拶とかする仲の人はいっぱいいるけど、普段は決まった人だし」
「……」
「ハイハイ。そんな僻むような視線はやめよう。決まった人の中に夏目さんたちもちゃーんと入ってるんだから!」
「ほ、ほんとですか!」
「うん。だって、最近はご飯食べたらしょっちゅう屋上でお話してるじゃん」
「そっそりゃあ、そうですよっ。毎日、この夏目あさ子がご招待してるんですもん!」
「あれ?拉致って書いて招待って読むっけ?」
「それはともかく」
「(ともかくなんだ…)」

ごそごそ。
嬉しそうに顔を輝かせた夏目さんは、ポケットからチケットを数枚取り出した。

「これは文化祭のチケットです」
「そうだね」
「わたしは今三枚持っています」
「うん」
「吉川さんは何枚持っていますか?」
「もう持ってないよ。全部あげた」
「はやっ!はやいですよ!だってこれ一昨日配布されたものじゃないですか!」
「だから昨日友達にあげてきたよ」
「行動が早すぎです、わたしたちなんて一枚たりとも誰にもあげられてないというのに!!」

たぶんそれは気のせいだよ夏目さん。水谷さんは弟くんにあげただろうし、吉田くんは「みっちゃんにあげるんだ!」って鶏抱いてたし。ササヤンくんだって誰かにあげただろう。

「ううっ……、ちなみにそのお友達は何処の誰ですか」
「幼等部の頃からの友達」
「付き合いが長いっ!うわあああん!そんな小さい頃からの友達なんて都市伝説ですよ何なんですか吉川さんは!」
「そんな頑なに認めてはいけない存在じゃないと思うんだ友達って」

どうしてここまで友達に拘るのか。わたしにはよく分からないけど、水谷さんの「だいたい本人のせい」っていう説明を聞いて以来、深読みしないことにした。きっと面倒な話だもん。

「…う、ぐす…いいですもん、今はこんなわたしでも友達いますから!で、そんな吉川さんに朗報デス!!」
「うん?」
「わたしのこのチケット、実は貰い手がいないのです」
「知ってるよ」
「……ですよね……」
「(これまでの会話で嫌でも気づくでしょうに)」
「それで、このチケットでヤマケンくんを誘うんですよう!去年はミッティのを彼らにあげましたけど、最近彼らとあまり遭遇しないので渡せないんです」
「みんな去年来てたんだ」
「そーなんですよっ。あの三人組は正直どうでもいいんですけど、ヤマケンくんは誘わないワケにはいけないと思いまして」
「なんで?」
「………はい?」
「なんで賢二くんをわたしが誘わないといけないの?」
「それっ本気でっ言ってますか?!」

本気もなにも、賢二くんをわたしが誘う意味がわかんない。大体、夏目さんのが余ってるんだから夏目さんが誘えばいいのに。口をぱくぱくさせて驚いている彼女が握るチケットはしわしわでぐちゃぐちゃだった。人にあげられる形状を留めてないんですが夏目さん…!

「だって、ヤマケンくんはっ!」
「賢二くんは?」
「いや、その、何と言いますか…伊代ちゃんのお兄さんでしてっ…」
「知ってるよ?」
「それで、吉川さんと仲良さげですし!」
「まあ、悪くはないと思うけど。何が言いたいの夏目さん」
「ここで吉川さんから誘えばもっと仲良くなれると思ったんです!だって二人あやしいし!」

あやしい…?そう言えば、「夏目さんが最近あなたのことを怪しんでいるのだけど何かしたの?」と意味不明なことを水谷さんに聞かれたことを思い出した。あやしいって何だ。犯罪には手を出したことないよ。しかも賢二くん絡みだし。

「仲良くって、別に今のままで何も困ってないんだけどな」
「それじゃヤマケンくんが報われないです!」
「……ね、何か勘違いしてないかなあ夏目さん」
「ヤマケンくんは絶対に吉川さんのこと好きですよ!」
「無い」
「即答?!」
「だって、水谷さんにこの夏フラれたばかりでしょ。まだあれから少ししか経ってないんだけど」
「ヤマケンくんは気が多そうじゃないですか」
「ちがうな、あれは気が多いというより自分が好きなだけよ」
「ナルシストなんですね」

全く…あてずっぽうも良い所だ。なんでこんな勘違いをしていたのか。それも、かなり前から勘違いしていたように思える。何なんだ夏目さん。友達コンプレックスに勘違いに忙しいなあ。

「じゃあ、吉川さんはヤマケンくんのこと何とも思ってないんですか?」
「うん。伊代ちゃんのお兄ちゃんってだけ」
「なーんだ…わたしの勘違いですかー。てっきりヤマケンくんの様子からそうなんだと思ってたのに」
「様子?」
「気付いてなかったんですか?あの人、女の子の扱いってすっごいハッキリしてますよ」
「噂しかちゃんと聞いたことないなあ。後は伊代ちゃんとのやりとりくらい」


「ムカつきますけど、わたしや伊代ちゃんはゴミ扱い。ちやほやしてくれる子にはイイ顔をしながらわりと適当。ミッティのことを好きな時のヤマケンくんと、吉川さんとのヤマケンくん何だか似てるんですもん」


夏目のカンが外れるとはー!と、夏目さんが項垂れるとなりで、そんなものなのかなあ。と色々思い返してみる。…似てるか?どうなんだろ。というか、水谷さんにフラれた後に再会したんだからわたしにわかるわけがない。ちょいちょいみんなで遊ぶときに二人が話をしている時を見かけたけれど、特別何かを思ったことはなかった。


「きっと、夏目さんの気のせいだよ」


あれ?でも。何か忘れてるよーな気がするなあ。

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