しゅうう

「あやしいです…」
「ハル、来週の土曜の事なんだけれど」
「おう。なんだシズク、ザリガニ採りに付き合う気になったか」
「ぜったいあやしいです」
「ザリガニを採るよりももっと生産性のあることをした方が良いと思う」
「なんだ、お前の思う生産性って」
「ちょっとシズク先輩、伊代のハル先輩を誑かすのやめていただけませんか!」
「あれは、ぜったいに、隠してます!」
「誑かすと言うのなら人の恋人に手を出そうとしているあなたこそ誑かしてるんじゃないの伊代さん」
「なあ、生産性って何」


「どうしてみんなわたしの話を誰も聞いてくれないんですかああああ!」

「「「主語が(ない/ねえ/ありません)から」」」


「……いーですよう、みんなが気づいた時に絶対後悔しますよ。オーマイガー!あの時夏目あさ子に教えを乞っておけばヨカッタ!ってなりますよ!」
「で、生産性って何だ」
「勉強に決まっているでしょう?」
「つまらないご趣味ですねセンパイ」
「っ……この、ウスラトンカチどもーっ!!!うわああああん!」






*


昨日、遅くまで友達と電話をしていたせいで朝はついつい寝坊してしまった。こういう時に限ってママが起こす時にあっさり引き下がってしまうんだから。いつもだったら叩き起こすクセして今日はリビングでテレビを見ていた。急いで朝ごはんを口に掻き込みながら眺めたニュースでは、政治家が愛人問題をすっぱ抜かれている。「随分元気なおじさまねえ」ママの感想の通り、次々に愛人が出てくる出てくる。朝から中々ヘビーな愛憎劇を想像して胸焼けしそうだわ。そうだ、走っても学校に間に合わないことは明確なので、送ってもらう事にしよう。無駄に騒ぎ立てるニュースキャスターの口調にうんざりしながら、ゆっくりお茶を飲むことにした。



「おはよう水谷さん」
「おはよう吉川さん」
「吉川さんおはようございます!」
「初めまして、安藤と申します」
「そいつに近寄ると孕ませられるぞ気をつけろ」
「朝から不気味なこと言わないでよ吉田くん」

校門近くで水谷さんたちを見つけたかと思えば、警戒心丸出しの吉田くんの隣りには黒いスーツの男の人が立っていた。ヘラヘラしてる。すっごいヘラヘラ。

「いやー、眼福眼福」
「この人ここに居ちゃいけない人種のような気がするのは気のせい?」
「気のせいじゃないですよう!」

夏目さんが涙目になりながらわたしを盾にして安藤さんから距離を取ろうとする。なんでわたしを盾にするの(肩にくいこんでるってば!)

「この人はハルの見張りらしい」
「見張り?」
「親父の手先だ。悪い奴だ」

親父…。そういえば、吉田くんのお家って。

「吉田くん大変だね。マスコミ対策?」
「は?」
「だから、今ニュースで「ヤマケンばらしやがったなちくしょう!」

いや、彼からは何も聞いてないけど。どちらかと言えば妹の方から聞いたんだけど。安藤さんに向けた警戒が何故かこっちに向いてしまった。初めて会った時みたいにギンギン睨まれている。言わない方が良かったのかなあ。困って、安藤さんの方を見ると、ぱっちーん。キレイにウインクきめてきた。(この人女好きそう)

「いやあ、これはこれは。お名前をお伺いしてもよろしいですかね」
「吉川紗希乃です」
「吉川さん!ということは吉川製薬グループのお嬢さんですか!」
「「「!?」」」
「なっ、吉川、そうなのか?!」
「みみみミッティ…?聞き間違いじゃなければ普段CMでよく見る会社のお名前のような気がしたりしなかったり」
「大丈夫夏目さん、気のせいじゃない」
「先日は奥様がお世話になりました。」
「いえ、こちらこそ兄がお世話になりました」
「吉川さん!水臭いですよお家のこと何も話してくれないなんて!さらにあやしさが増しました!これはもう弁解の余地はありません!」
「家のことを黙ってたことなら謝るけど、あやしいって何?」
「つべこべ言ったって無駄です!わたしは騙されませんよ!」
「ね、何の話かわかる?」
「さっぱり」

水を打ったように静かになった吉田くんは、俯いていたかと思うと、わたしの肩をぐいっと掴んで一気に引っ張った。

「ちょっと面貸せ」
「ええっ、ちょっと!」

ずるずる引っ張られていく間に安藤さんを見たら、にこやかに笑って手をひらひら振っているだけだった。あなたのとこのお坊ちゃん、授業フケようとしてますけどいいんですか!朝から二度も掴まれたわたしの肩は悲鳴を上げている。面でもなんでも貸してあげるから掴むのはやめてほしいなあ。





体育館裏まで引っ張られ、急に手を放されたものだから、つんのめって転びかけた。ちくしょう、こんなだったらもっとゆっくり起きてがっつり遅刻しとくんだった。遠くで鳴る本鈴を聞き流しながら、体育館の壁に背を預けた。

「どこまで聞いた」
「どこまでっていうか、吉田くんのお父様が政治家だってことを聞いただけだよ。あ、ニュース見たけどすごかったね。びっくりしちゃった」
「……それだけかよ」
「うん、それだけ」
「さっきのは?」
「さっきの?」
「母親がどーのこーのって」
「ああ、あれ。わたしのお兄ちゃんが今働いている所が美容サプリメントを取り扱っている子会社でね、そこの筆頭株主が吉田くんのお母様らしいよ」
「あんなやつ、母親じゃない」
「……深い事情は知らないからわかんないけど、別にわたし自身が関わってるわけじゃないんだから警戒しないでよ」

話をしていくうちにいくらか雰囲気が柔らかくなってきた気がする。今まで特別仲良いわけじゃなかったけど、嫌な空気のままなんて嫌だもんね。ダメ元でお願いしてみたら、ふっと微笑んでくれた。

「お前は家継ぐのか」
「たぶんね。他にしたいことないし」
「オレはマグロ漁に出るんだ」
「おおう…それはまた…難易度の高い人生を歩もうとしているんだね…?」

水谷さんは知ってるんだろうか。知っていて手におえないでいるのかな。いや、でもそれなりに手綱は水谷さんが握っているように見えるからどうなんだろ。

「シズクには言わないでくれな」
「言わないよ。そりゃあ、マグロ漁なんて人づてに聞いたら信じられないもの」
「ちげーよ、家のことだよ」
「ああ、愛人問題」
「何も知られたくねーんだ」
「ふうん、いつかは知られちゃうのに」
「まだだめだ」


まだ、ねえ。それはいつになるんだか。普段の水谷さんといる吉田くんとは打って変わって大人しい様子の彼に内心驚いている。案外ナイーブなのかもしれない。どこぞの兄妹ぐらい図太いかと思っていたのになあ。


「とりあえずヤマケンしめる」
「いや、わたしにバラしたの伊代ちゃんだからね?!」
「伊代か…あいつはバカだからしょうがねえ」
「うん…」

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