ゆうなぎ

特別遠いわけではないけれど、昔はいつも家の車かバスで行っていたから今回も何となくそうしただけ。だったんだけど、


「あれ、いいって言ったのに」
「家からバス亭までの間に迷うワケねーだろ」
「……ソウデスネ」
「あ?」

自分で迷っている自覚がないのが何ともややこしい。前に伊代ちゃんが、ナルシストだから自分の欠点に気付けないんです!って言ってた。似た者兄妹ですね。

「靴貸してくれたおかげで足も無事に済んだよありがとー」
「あんだけ皮が剥けてたら気になるだろーが」
「ほんとにね、明るいとこで見たらかなりのグロさで驚いたよ」
「で、治ったの?」
「うん」

靴を入れた袋を渡すと、向こうも袋に入った下駄を渡してきた。賢二くんが持ってる袋が可愛らしくてちょっと噴き出して笑ってしまった。

「……オレのじゃねーよ。伊代のやつだ」
「はは、気にしてたんだ」
「おまえの視線がこっち見てるからだろ!」
「あら、ばれてたか」

くすくす。面白くて笑ってると、賢二くんが恥ずかしそうに顔をぷいって逸らした。やっぱりわかりやすいなあ。

「そういえば、家よく覚えてたな。ここ数年全然来てなかったのに」
「……はい?」
「幼等部の時とかよく来てただろ、初等部も…最初の方だけか?」
「『家に来るな』って言ったの賢二くんじゃない」
「はァ?んなこと言った覚えねーよ」
「はー?!わたし、賢二くんが来るなって言うから遊びに行くのやめたのに!」
「言ってないね。絶対そっちの覚え間違いだろ」
「言ったよ!絶対言った!じゃなかったらわたし中等部も山口家行ってたもん!」
「知・る・か!」

ぎゃあぎゃあ言い合ってるわたしたちの横を、にやにやしたおばさん方が通り過ぎていく。大声で言い合っていたことが急に恥ずかしくなって、お互いに真っ赤な顔で顔を逸らした。そういえばここバス亭の脇だった。こんな公共の場で言い争いなんて随分はしたないことをしてしまった。

「ていうか、ずっと気になってたんだけどなんでアイツにかまうんだよ」
「……水谷さんのこと?」
「ちげーよ、うちのバカ妹だ。つーかソレ誰から聞いた」
「それはヒミツです。伊代ちゃんかわいいじゃないの」
「あんなバカの面倒見るなんてお人よしすぎんだよ」
「伊代ちゃんは天然記念物だからね。見守ってあげないと!」
「あんな自分大好きな中二病は記念物どころか廃棄物だろ」
「前半をそっくりそのままお返しするわ」
「…」

ふと腕時計を見ると、あと数分で次のバスが来る時間だった。それに乗れば家の方面に行けるからそれに乗ろう。

「ねー、賢二くん」
「なに」
「メビウス様って誰?」
「……」

賢二くんの顔が一瞬で氷点下にまで下がった。凍り付いてる。しかもすっごい怖い顔で。

「伊代ちゃんがね、メビウス様に会いたいって言うの。中等部の頃はね、能力持ちだったけど会いたいとかそういうの無かったから、何かしら波長が合う人が現れたのかなーって思ったんだけど」
「なんでそんな中二病をフツーに受け入れてんだよ!」

なんでと言われても。ただ面白いし、可愛い子がそういう事してるのが尚更ほほえましくてみんなで見守ってただけ。ちなみに、わたしの友人は伊代ちゃんをいたく気に入っていて(一方的に)、最近の伊代ちゃんと称して写メつきで報告してほしいとこの前頼まれたからとっておきの一枚をプレゼントしていたりする。

「そいつはハルの兄貴だよ」
「吉田くんの?それはそれはカッコ良さそうだね」
「趣味悪すぎ。あいつら兄弟とは昔からいい思い出がねーんだよ」
「それは賢二くん限定なのでは」
「うるせーな。少なくともオレがいじめてたのにケロっとしてたのがむかつく」
「あれ?吉田くん海明だったの?」
「幼等部だけな」
「ああ、あの『きにいらないやつ』ね」
「は?」
「小さい頃、気に入らないのがいるって怒ってたもんね。まさかそれが吉田くんだったとは…」
「……なんでそんなに覚えてんの?」
「何でだろう?最近、久しぶりに賢二くんと話したら何だかポロポロと昔のこと思いだすんだよね」
「ふーん。でも、『家に来るな』なんて言ってねーからな」
「言ったよ!」
「言ってねえ!」


バスが来るまで言い合いし続けたものだから、運転手さんがぎょっとした顔をしながらバス亭にとまった。また、恥ずかしくなって二人してぷいっとそっぽを向いた。

「じゃーね、迷わないでね!!」
「どっちの台詞だか」
「少なくともわたしは迷わないよーだ!」

バスのドアが閉まるまで軽く、あっかんべーをしてみると、賢二くんは「おまえふざけてんのかよ!」と騒いだ。バスのシートに座っているおばあちゃんが「あらあら、あの男の子の顔真っ赤っかねえ」そんなことを言って笑うから、つられて笑ってしまった。

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