あおあらし

「やまぐちさーん」
「お姉さま?!」

ここは1年生の階。周りの1年生にじろじろ見られながらも何とか伊代ちゃんのクラスにやってきた。よくがんばったねわたし。

「お姉さまから来てくださるなんて伊代うれしいっ…!」
「喜んでもらえて光栄だけど目立つからお姉さまは遠慮してほしいなあ」
「はっ、スミマセンついクセで」
「(これ何度目だろ…)」
「それで、何かご用ですか?それとも伊予に会いたくなったんですか?」
「用があって来たの」
「バッサリですね」
「これさ、賢二くんに返しておいてくれない?」


この前のお祭りで借りたままだった靴を伊代ちゃんを通じて本人に返そうと思って今日はやって来たのだ。そうじゃなかったら1年生の階になんてわざわざ来ないかな。あの日、迎えが来たらすぐ返そうと思ったんだけど、賢二くんのお迎えが先に来ちゃったし、面倒だからって言われてそのまま帰った。すぐに返そうと思ったけれど連絡先を知らないから、学校が始まってすぐにこうして彼女にお願いしに来たわけだ。

「お、お兄ちゃんに…?伊代が…?!」

ものすっごいガクブルしてらっしゃる伊代ちゃんにもう一度頼んでみるけれど、中々頷いてくれない。本人たちが思ってるほど仲は悪くないと思うんだけど気のせいなのかなあ?

「そんなにイヤ?」
「昨日の夜にメビウス様の話をせがんでお兄ちゃんを怒らせてしまったので正直イヤです!」
「うんハッキリしてていいわ」

やっぱり自分で返しに行くしかないか。ところでメビウス様って誰。まだ聖なる力とか宿ってるのかな伊代ちゃん…さすがは天然記念物。あとで友達に報告しとこ。


「そういえば、バッテイングセンターに行くって下衆共が言っていたのでもしかすると兄もそこにいるかもしれません」
「バッティングセンター?」
「はい!ハル先輩がお住みになっている所です!伊代は今日ご一緒できないので…ハル先輩に頼みに行きましょう!」







「ヤマケンならいねーよ?」
「えっ、うそ」
「ほんとほんと!最近アイツ付き合い悪くてさー。合コン来ねーし、バッセン誘ってもこねーし」

バッティングセンターに行きたいってことを伊代ちゃんが吉田くんに伝えてくれたので、吉田くんと水谷さん、ササヤンくんに夏目さんたちと一緒にバッティングセンターにやって来た。バッティングセンターに初めて来たけど、わりとガラの悪い人が多くてびっくり。店長さんもグラサンだし。

「なんだー、いないのかー」
「吉川さんはヤマケンくんを探しに来たんですか?」
「そう。用事があったんだけど、しょうがないね。」
「用事ってなにー?!まさかヤマケンのやつ吉川ちゃんに手だしたの?!」
「ちがうちがう。っていうか賢二くんあれでしょ、こないだフラれ…あ、」

振った本人が居たこと忘れてた。その当本人はケロリとしているけれど、周りはぎこちなく水谷さんを見つめている。ゴメン、水谷さん。

「みみみミッティ!お茶!お茶買ってきましょう!」
「だーっはっはっガリ勉ほんと最高だわ!」
「ごめんね…」
「吉川さんドンマイ」
「ふふん、シズクはオレのだからな!」


「ヤマケンに用事あんなら番号教えるー?ま、もちろん代償はもらいますけど!」
「代償?額にもよるけど」
「すぐにお金になるとこがお嬢様だよな…」

ササヤンくんに少し引かれた目で見られたけど、三バカくんたちほどお金にだらしないつもりは全くない。普通の高校生くらいの金銭感覚しか持ってないと思ってる(実際はわかんないけどね)500円でも高いな、だけど番号だしな…うーん。

「金じゃなくて、吉川ちゃんのメアドちょうだい!」
「わたしの?」
「そうそう!」

三バカくんは、にししと笑いながら三人でちょーだいちょーだいと言ってる。メアドかー。お金じゃないし、いいんだけど、

「いいけど、女の子紹介してって言われてもわたし教えられないよ?」
「うわっ、先手を打たれた!」
「ちくしょう!でもいいよ女の子のメアド登録できるだけでも嬉しい!ついでに夏目ちゃんもおし「教えません」

夏目さん、男の子には随分ドライだなあ。三バカくんとメアドを交換して、初めて個人の名前を知った。それでもやっぱり三バカくんて呼びそう。そしてやっぱり女の子目当てだったようだ。


「今かけたら出るかな?」
「どーだろ」
「んー……」

呼び出し中の電話音が何度目かのコールを鳴らしたら、『……はい』と、すこし低い声が聞こえた。

「賢二くん?紗希乃ですけどー」
『は?』
「ごめんね、番号を三バ…じゃなくて、マーボくんたちに聞いた」
「今ぜってー三バカって言おうとしただろ!」
「だって名前知ったのさっきだもん!あっ、ごめんごめん。それでさ、靴いつ返したらいい?伊代ちゃんにお願いしようかと思ったけど、断られちゃったから」
『あー、靴か。忘れてた。あんた今どこ?』
「バッティングセンターにいるよ」
『…』
「…来たくないよね?」
『は?何言ってんの?』

ヤマケンの奴強がってるヒイイ!!とお腹抱えて爆笑してる三バカくんの近くで、水谷さんが今度はすこし申し訳なさそうにしていた。別なとこで電話すればよかったな。かわいそうなことをした。吉田くんは相変わらず「シズクはオレのだからな、」と上機嫌に話をしているし。夏目さんはササヤンくんと「靴借りるってどういう状況?!」と二人で盛り上がっていた。……すこしうるさい。

「…賢二くんは今どこいるの?」
『家』
「じゃあ、家まで届けるよ。それでいい?」
『あー……、わかった。車?』
「バス。いいよ、動かなくて。迷われても困るし」
『迷わねーって言ってんだろ』
「はいはい、下駄、ちゃんと用意しててね」

ぷつん。通話を切ると、みんなが何やらポカーンとした顔で固まっていた。

「じゃ、わたし帰るから」
「いやいやいやいや待ってください吉川さん!!今の何ですか!今の!」
「ちょ、夏目さん、肩に指くいこんでる…!」
「避暑地の時そこまで仲良くなかっただろ吉川ちゃん!」
「や、今もそこまで仲良くない。っていうか昔からそこまで仲良くなかったし」
「昔?」
「うちの会社と賢二くんとこの病院が契約しててね、親同士会う時によく遊んでたんだ。伊代ちゃんとばかり遊んでたから賢二くんとはそこまで仲良くないの」
「へ、へー!そうなんですか、それは、なんと言いますか、幼馴染のようなものですか?!」
「ちかいかなあ?でも、数年間口きいてないしなんだろうね」

おっと。こんなところで油売ってる場合じゃない。はやいとこ山口家に行かねば。今日は晩御飯にわたしの好物をだしてくれるってママが言ってたから早いとこ帰りたい。


「それじゃー、皆さんまた今度ね!」

ばいばーい、と手を振ってバッティングセンターを後にした。みんなぼけっとしたままだったけど、ぷらぷらと手を振り返してくれたから、そのまま放置して帰ることにした。店長さんに「またおいで」と言われて、会釈だけしてお店の階段を駆け下りた。

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