春べを手折れば

わたしの明日はどこにある

行ってきます、と告げた時。やっぱり下手くそに笑っていたけれど、あの時のような涙に濡れそうなくらい揺れている瞳なんかじゃなくってどこか安心している自分がいた。

*

「風間隊まもなく遠征艇に帰還。搭乗ハッチ開放まであと120秒」

遠征艇内にて風間隊オペレーターの三上ちゃんがモニターを前にカウントし始めた。その隣に座る冬島隊オペレーターのちゃんも冬島隊が帰還途中だと艇内に報告。ということはこれでやっと遠征が終わりを迎えて三門市に帰れるってわけだ。

「お、やっと帰還か!冬島隊も帰ってきたらこれで遠征終了っすね太刀川さん」
「餅のストックが切れたからありがたい」
「それ風間さんに言わないでよ?巻き込まれて怒られるのとかムリー」
「どのみち太刀川さんは風間さんに怒られると思うよ〜」
「国近ひどくね」

ハッチが開いて、風間隊の3人が乗り込んできた。狭い狭いと思っていたけど人口密度が上がるとさらに狭く感じる。これに2人増えたらもっと狭い。しかもどちらも結構な長身だし。
遠征では合同部隊全員で連携して出撃することもあるが部隊別だったり、合同部隊内で部隊を作って出撃したりする。今回の遠征は中盤までは合同で、終盤は部隊別に行動していた。計画通りに進み、各隊の遠征艇帰還を待っているところだった。

「風間隊帰還した。遠征艇は問題なしか?」
「3人ともお疲れ様です。はい、遠征艇に問題はありません風間さん」
「そうか」

オペレーター陣の隣に座っているわたしに向けられた風間さんの真っ赤な視線が刺さって痛い。めちゃくちゃ痛い。座っている柚宇ちゃんの背中に隠れるようにしがみついて風間さんから逃れることにした。よし、見えない。

「そこの人何してんの。いざと言うとき使い物になんなかったら邪魔だから寝てなよ」

風間さんの視線に射殺されるよりも前にその奥から実にめんどくさそうな気怠い声が聞こえた。お前ほんと…ほんとその耳厄介なことこの上ないな…!

「風間さん、吉川さん呼吸音おかしいですよ」
「ぜーぜーしてないじゃん」
「する一歩手前でしょ」
「してないだけマシ」
「脳みそやられてんじゃないの」
「少なくとも今はトリオン体だからやられてない」
「紗希乃さん、え〜い」
「ちょ、柚宇ちゃんつぶれる……!」

他のオペレーターちゃんたちが申し訳なさそうにブランケットを手にしながら柚宇ちゃんに潰されるわたしを助けてくれた。むしろこっちが申し訳ない……。トリオン体といえど極少量の酸素を吸収して、二酸化炭素を吐き出してる。つまり、呼吸が完全になくなるわけじゃなかった。そんなわずかな音の違いを強化聴覚を持つ菊地原は拾ってしまう。ほんと厄介。トリオン体に影響あるくらいだもん、きっと換装を解けばショート寸前の私の脳みそは動かしすぎの発熱によりダウンする。要するにトリガーオフしても迷惑かけるだけ。

「冬島隊もすぐ戻る。そうしたらもう帰還するだけだ。基地に戻る時もお前が危惧しているようなことは何も起きない」
「……風間さん、サイドエフェクトないじゃん」
「なくても平気だ。いつもの遠征以上にお前のサイドエフェクトを借りたんだから、残りくらいは頑張るさ……太刀川が」
「俺ぇ?!」
「最初に帰還したのは太刀川隊だろう。艇内の異変がないか見極められなかったお前にも落ち度がある」
「まあ斬り甲斐のあるやつなら任しとけ!」

*

視たいものは簡単に視えなくて、視たくないものが視える。
決して広くない遠征艇の隅っこに丸くなってブランケットを頭からかぶった。視界を遮ってもだめ、お構いなしに脳内に流れてくる映像に奥歯を噛みしめた。凄惨な映像ばかりでもない。汚い映像ばかりでもない。それでも、この状況でわたしの頭に流れ込んでくる映像は情報過多で処理が追い付かない。

「おーい、目ぇ閉じろ〜」
「閉じてるよぉ〜〜〜」

ブランケット越しに太刀川さんがわしわしと頭を揺さぶる。瞼で蓋をしてもいとも簡単にすり抜けてくるそれは次々と押し寄せてくるのだからたちが悪い。近界はあんまり好きじゃない。情報量が多すぎて、生き辛い。遠征に来るたびに思うことがあった。もし、私が生まれたのが近界だったとしたらわたしはどんな生き方をするのだろう。

「ねえ、ちょっと、吉川さん本格的にやばいんじゃ、」

……きっと、長くは生きられないかもしれないね。おかしいなあ。どこかで、誰かとこんな会話をしたことがある気がする。その時、その誰かさんはなんて答えたんだっけ。身体を揺さぶられているようだけど、うまく身体が動かせない。音も遠い。閉じたままの瞼が重くて持ち上がってくれない。こりゃ完全に処理落ちしてるわ、私の頭……。

トリオン体活動休止 酸素吸収不足によりスリープモード展開します。

淡々としたアナウンスが艇内に響くのを最後に私は暗い闇の底に、滑り込むように落ちていくのだった。

『もし、長く生きられないんだったらさ』

『自分をわかってくれる人と少しでも長く生きれたら、それだけでも十分じゃない?』



わたしの明日はどこにある


戻る
- ナノ -