春べを手折れば

うまく白をきりましょう

「どうする風間さん。吉川の換装解くか?」

近界へ遠征に行くたびに他の誰よりも疲弊している吉川のことを、一度でも一緒に遠征に行った人間は知らない者はいない。迅の予知を始め、吉川の現在視は便利すぎるのだ。今、敵が向かってきているとか、遠征艇が予定経路を辿れていない時の原因を探るとか、大小様々なことで彼女の力を使うことが多かった。特に今回は特に極秘任務が課せられていたこともあって、気を張っていたのか今までに類をみないほど草臥れていた。トリガーを取り出して、今にも吉川の首を飛ばしてベイルアウトさせようとしている太刀川を、首を振って止めた。

「どうせもうじき着くけど?」
「だとしてもだ。今生身に戻ってどうなるかわからない。これまで寝込むことはあっても、意識が落ちることはなかった」
「……トリオン体が落ちるくらいってことは身体ヤバいんじゃね……」

出水の言葉に艇内が静まり返った。言葉通り死んだような表情で蹲る吉川に視線が集まる。

「こ、呼吸自体はある程度の時間止まってもトリオン体ならなんとかなる……よねぇ?」
「でも脳の疲労感とかはトリオン体でも残るのよ。トリオン体でこの状態だったら生身は……」
「……俺たちが推察しても何の意味もない。三上、本部に吉川の状況を報告してくれ。到着してすぐに医療班に引き渡す」
「わかりました」

国近が、スリープモードに入っている吉川の背をずっとさすっている。寒くないようにとブランケットを何重にも巻いているがトリオン体だからそもそも寒さなど感じないだろう。そう、トリオン体であるから無理ができてしまう。誰しも悩みのひとつやふたつはあるが、副作用を持った人間の悩みの多さは計り知れない。チラリと菊地原に視線を向ければ、ばつが悪そうにそっぽを向いた。

「やだなあ、風間さん。俺はあんな風に潰れるなんて馬鹿みたいな真似しませんよ」
「おうおう、言うじゃねーの菊地原。今回の紗希乃さんは馬鹿かよって思うくらいサイドエフェクト使ってたけどよ」
「確かに、指示を出すときの情報量が普段より多かったな」
「隊長がザツなんだよ」
「おい当真……!」

三門市が近づいてきた。レーダーの示す数値と場所を見てそう気づく。じきにゲートが開いて本部の地下に到着する手筈となっていた。

「到着したら太刀川以外全員先に降りろ」
「へ?俺はどーすんの?」
「吉川をベイルアウトさせる。帰還先の設定をいじるのは本部でしかできないし、僅かな時間で何か起きないとも限らん。設定をいじるのを待つよりもすぐに医療班に渡せるだろう」
「まあ、そうだな」

俺の言った通りに皆先に降りていく。女子は気にかかっているように見えたが、男子は狭い遠征艇から解放されるのが嬉しくてたまらないようだった。

「これだからお子様たちはしょうがねー」
「担架の用意ができたらとばすぞ」
「へいへい。首いけばすぐだろ」

物騒だと思わなくなったのはいつの頃からだろうか。何の責任も感じずに相手の身体の一部を削ぎ落すことに違和感がなくなったのは。死という概念がすぐそばにあるものだと知っているのに、どこか遠のいてしまっていたのは。もう二度と会うことのできない兄が思い浮かんで、思わず目を閉じた。

「風間さん?」
「なんでもない。下で担架の用意ができたようだ」
「はいよ」

俺と太刀川と吉川しかいない遠征艇。眠ったように蹲る彼女の首をかき切ろうとしているこの状況を視て、迅はなんて思うだろうか。……しばらく会っていないから、まだ視えていないか。スパン、と小気味のいい音と共に切り離された頭と胴が光に包まれていく。今まで横たわっていた場所からすぐ近くの固いベッドの上に落ちてきた吉川の様子はやはり芳しくない。

「うわ、あっつ!こいつ今何度……?!」
「太刀川をそっち抱えろ。早く運ばないと、」
「これのが早い」

肩で息をして、非常に苦しそうな音を繰り返し吐き出している吉川を太刀川が抱えた。体格的に俺がやるのには確かに向いていない。軽々と抱き上げて、太刀川は先に遠征艇を下りて行った。担架に寝かせられ、仰々しい酸素マスクを装着されてバタバタと運ばれていく彼女を仲間たちは心配げに眺めていた。

*

「今夜にしましょう。今夜」

帰還報告時に新たに告げられた黒トリガー確保の任務。太刀川の言葉に驚かない者はいなかった。まさか帰ってきて早々に任務なんて思ってもみなかった。それも、玉狛に入隊したという近界人の持つ黒トリガーだなんて。太刀川が次々と並べていく理由に皆納得したのか、反対するものはいなくなった。

「それにさ、迅はまだ吉川があんな状態なの知らないだろ?」
「迅に吉川の状況を伝えてないのですか」
「いくら玉狛のよしみとは言ってもねぇ。迅くんだけにそれを伝えるのは……」
「別にそういった理由だけではないさ。容体が安定していない状況で伝えても不安を増やすだけだからそうしただけのこと」
「そうそう。それにこれは好都合だぜ風間さん。迅に吉川がこっち側についたってことにするんだ」
「あの女が玉狛の敵に回るわけがない」
「けどな、三輪。迅は吉川の予知はできない。だから絶対なんて思いこめない」
「ていうかフツーに俺らの予知されてんじゃねーの?」
「しばらく会っていないから今は視え難いと思うぞー?」

当真と出水が、感心したような声を上げている。上手くいくかはわからないが試してみる価値はありそうだ。

「予知はできても過去は見れない。この手が使えるのは迅が阻止しに来た時の最初のうちだけだ」




うまく白をきりましょう


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