春べを手折れば

悪いこ一体どこでしょう

「紗希乃!!!!」
「おっふ、陽太郎、だから脛、脛はダメだってば」
「元気そうで何よりだな。ほれ、土産」
「ありがとうボス。中身なに?」
「レイジ特製やさいいためと、玉狛とくせい手作りクッキーなのだ!ちなみにクッキーはな、おれとしおりちゃんとこなみでつくった!」
「おおー。ありがと陽太郎。あとで美味しくいただくよ」

開発室でモニターと睨めっこしていた真っ最中のこと。ドアが開いた瞬間にわたしの足へめがけて陽太郎が飛びついてきた。開発室に雷神丸が入らないよう雷神丸は置いてきたらしい。陽太郎をよっこいせと抱き上げて、膝の上に座らせた。

「雷神丸と離れても平気なんてめずらしいね、陽太郎」
「らいじん丸をつれてったらもんぜんばらいをくうと迅がいっておりましてな」
「ほうほう。ちゃんと進言通りに置いてきたわけだ」
「わたくしめはなかまのいうことはだいじにしてますので」
「それは結構〜。ぜひこれからも続けてくださーい」
「ところで紗希乃。いつかえってくる?」
「ん〜……」

陽太郎になんて言おう。ボスを見てみると、困り顔で頭をかいていた。今日は会議がないと鬼怒田さんから聞いてるし、この時間に陽太郎が外に出てるってことは散歩ついでに来たんだろう。きっと、わたしが帰ってこないとごねたのかも。

「レイジもこなみもみんなみんなまってるぞ」
「……うん」
「くろうにんのてつだいじゃだめなのか?ゆりちゃんのてつだいでもいいよ」
「うん……」
「しおりちゃん、あたらしいことするんだっていってる。てつだいはおおいほうがいい。クッキーも3にんでつくったらいっぱいできた」
「……そうだねえ。たくさんいたら、いっぱいできるね」
「きょうすけはかっこいいトリガーをつくってる。紗希乃がてつだったらもっとつよくなるぞ」
「烏丸くんは元からできる子だし、レイジさんに教えてもらってるんだから平気だよー」
「レイジもこなみも紗希乃がかえってきたら、うでによりをかけてごはんをつくってくれるって」
「うわ〜〜めちゃくちゃ魅力的〜……!」
「いまならトクベツにらいじん丸のおなかさわりほうだいにする」
「うふふ、けっこう触ったことあるからいいかなあ」

雷神丸を触ったことがあると知った陽太郎はショックを受けたような顔をしてる。雷神丸が交渉の奥の手に向いていないと気づくのは一体何歳になる頃なんだろうか。そのままでいてほしい気もするけど、単純に気になる。

「悠一は何か言ってた?」
「迅は、ごめんしか言わない」
「……」
「べつに、迅がわるいわけじゃないってみんな言うのにあいつはごめんって言う」
「……悪くないのに謝るのはおかしいね」
「うむ。じつにおかしい」
「陽太郎に特別任務を授けよう」
「なに?!トクベツにんむ?!」
「そう。これはひっじょーに特別な存在…つまりは玉狛に所属していて、かつお子様にしかできないことであーる」
「オトナじゃできないってことか!」
「その通り〜」

陽太郎にこそこそと耳打ちしてやれば、「そんなことでいいのか?」と首を傾げていた。いいんだよ、他の子は恥ずかしがってやってくれないから。レイジさんはやってくれるかもだけどここはお子様特権を使わないと悠一は先を視て回避しそうだ。

「どうせ迅の奴に逃げられそうだけどな〜」
「ボスそういうこと言わないでよ〜。むしろそこは悠一が逃げないようにけしかけるところ!」
「できたらな」

やる気満々の陽太郎を連れたボスを開発室から送り出して元々やっていた作業に取り掛かる。さてさて、わたしも頑張らなくてはいけない。良い未来のために、ね。

*

防衛任務が終わる頃、何かがきっかけに未来が動いたのに気づく。活動限界を超えたトリオン兵の亡骸の上に立ったまま、空を仰いだ。

「あー……、なにこれ」

早く帰るべきか、それとも本部で時間を潰すべきか。陽太郎は紗希乃に会いに行くと言ってたから、きっと紗希乃の入れ知恵で、ボスも一枚噛んでる。本部に行こうものなら、おれの動向を視たあいつにさっさと帰るよう言われるだろう。つまり、迷ったところできっと意味はない。……こういうの苦手なんだけどなあ。

玉狛支部の扉を開けて、まるで何も気づいていないかを装っていつも通りに帰宅してれば、満足げな宇佐美が仁王立ちで待ち構えていた。

「迅さんおかえりー」
「おー、ただいま宇佐美」
「うんうん。きっと視たんだろうけど普通に帰ってきたってことは!」
「おれこういうのめちゃくちゃ苦手だけど」
「吉川さんから聞いてまーす!ということでどうぞ陽太郎の餌食に!」
「うーん、言い方が絶妙だな」

ぐいぐい背中を押されてリビングの方へ押しやられている。ここまで来たら素直に従うのがいい。扉を開けて、と意味深に眼鏡をクイっと押し上げた宇佐美に促される。扉を開く音なんか普段は気にしないもんだから、想像以上に大きく音を鳴らす扉に内心ドキリとした。ゆっくりと扉を開いた先には雷神丸に乗った陽太郎がこれまた満足げに待っていた。と、思えばパンパン!と軽い衝撃音とともにカラフルな紙吹雪が視界いっぱいに広がった。

「迅ー!おかえり!」
「おかえりなさい、迅さん」
「おかえり、迅」
「おう、珍しく驚いてるな〜。おかえり、迅」

……完全に読み逃した。陽太郎のことに気を取られて他の未来をちゃんと視てなかったらしい。クラッカーを手にした小南たちが達成感に満ち溢れた顔でニヤニヤ笑って立っている。完全にしてやられた。っていうかおかえりって。おかえりってなんだ。ボスを見れば肩を竦めて笑っている。

「まるで遠征帰りみたいな扱いでおれびっくりしてんだけど」
「だって、大事なことは陽太郎が言うって言うから。あたしたち言うことなくって」
「まあ普通に帰ってくるのでおかえりでいいかなと」
「陽太郎の頑張りを邪魔するわけにはいかないからな」
「それでは陽太郎からどうぞー!」
「うむ。くるしゅうない」

のすのすと雷神丸がおれの目の前へと進み、腰を下ろした。やけに言うことを聞く日だな、なんて考えるのは見当違いか。

「こうべをたれよ、迅」
「ハイハイ」

座った雷神丸の上に跨った陽太郎に目線を合わせてしゃがんでやる。こうべをたれよ、なんて何のドラマ見てるんだこいつは。ちこうよれ、と続けて言う陽太郎の言うとおりに少し近づく。時代劇か?ニヤリと笑う陽太郎はそれから、すすす…とベストの内ポケットから筒状に丸めた紙を取り出した。

「迅、いつもいつもごくろうさま」

小さな手がおれの頭にゆっくり伸びてくる。これは既に視た未来だった。何を言われてこんな状況になったのかまでは未来視といえどわからない。視えただけでも胸の内がさわさわとくすぐったくなるようなこれは、実際に体験してみればくすぐったいどころの話じゃなかった。

「いつもがんばってくれてありがとう」

幼い手のひらが、不器用におれの髪を掴むように撫でてくる。差し出された筒状の紙を開いてみれば辛うじて誰だか分かるようなカラーリングで描かれた玉狛支部全員の絵が描かれていた。真ん中にいるおれと、紗希乃。不思議なバランスで描かれたおれたちは紙の中で楽しそうに笑ってる。

悪いこ一体どこでしょう


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