春べを手折れば

世界が変わる音がした

サイドエフェクトなんて知らなかったあの頃。わたしはいくつもの病院をたらい回しにされ続けていた。他の人には視えないものが視える。視力が異常に良いだけだと思っていたのに、どうやら違う。視えるものを他人に伝えてはならない。両親からきつく言われる度に、泣きながら懇願される度にわたしは自分の目が憎たらしくなった。

「この部屋から3つ離れた部屋で男の人が座っています。人数は何人だろうか」
「……わかんない」

病院で求められることは大体同じ。ここから離れたところにある人やものを当ててみろ、というものだった。自然に視えてしまうものにてんてこ舞いだったわたしが訓練もせずに自分から視たいものを視るなんて不可能だった。

「そっちの部屋はわかんないけど、病院の入り口にいる女の子なら見えるよ」
「女の子?その子の服装は?入口のどこにいる?」
「えっと、青いワンピースで、車に乗って……あ、川。川に男の子が見える」
「女の子は川に行ったのかい?」
「ううん。違うとこ。どこだろう、そこ。川で遊んでる」
「その男の子はいくつくらい?」
「高校生くらいのお兄ちゃん」

本当に川に男子高校生がいるのかどうか確かめるすべは医者は持ち合わせていなかった。精神疾患だと言われては、別な病院を紹介される。その繰り返し。住んでいた市にある病院は全て回って、とうとう別なところに行くことになった。その頃は目を瞑っても何かが見えて、知らない人の顔がずっとずっと頭から離れない。視ているのはわたしなのに、誰かに見られているような気になって頭がおかしくなりそうだった。情報過多で脳の処理が追い付いていないせいか、よく熱を出してはうんうん唸った。そんな時、不思議なものを視た。いつもだったら、誰かがいる映像なのに、そこには誰もいない。映っているのは何だかヘンテコな大きい箱。見た感じの素材は鉄とかそんな感じで、タイムマシンだと言われたらその通りだと信じてしまいそうなそれ。……UFOかもしれない。そのUFOはどこかの建物の中にあった。宇宙人が侵入してきた?わたしは大変な現場を視ているのかもしれない。扉が開いて、中から男の人が何人か出てきた。……大人だ。めずらしい。いつも視えるのは大体が子供なのに。子供か、わたしよりもお兄さんとお姉さんくらいの年の人たち。きっと20才は超えてないくらい。大人の人はあんまりいない。ってことはやっぱりこの人たちは宇宙人で……なんて考えていたところに男の子がやってきた。宇宙人の仲間だとこの時わたしは本気で思っていた。


ふたつ隣の市には病院が結構あるけれど、精神科は多くないらしい。わたしが紹介された三門市立病院の精神科医は三門市にいるすべての精神科医数人を集合させてわたしを診る、という大掛かりなことを計画していた。三人寄れば文殊の知恵。一人で下す診断ではなく複数の意見を汲んだ診断をだそうということだった。どうせたらい回しにされるなら三門市を一気に片づけてすぐ次を探しにいける、と両親も歓迎していたのは覚えてる。

「見ようと思ったところは見えるかい」
「あんまり」
「どんなところが見えた?」
「場所よりも人が見えるよ」
「それはどんな人かな?」
「こどもとか、お兄ちゃん、お姉ちゃんとか……」
「他にも見えているかい?」
「この間、大人のひとを見た。UFOから出てきたの。だから、きっと宇宙人だと思うの」

宇宙人を見たと言った途端に大人たちの表情が変わる。呆れたような、馬鹿にしたような顔だった。

「……その宇宙人はどんな姿をしていたか覚えているかい?」
「えっと、何人かいたんだけど……」

どんな姿をしていたっけ。思い出そうと、あの日みたUFOを頭に思い浮かべた。背は結構高くって、それで、

「……あ!」
「どうかしたのかい」
「ここに、いるよ。この病院!宇宙人の仲間と一緒に!」
「この病院に?この病院のどこにいるんだ?」
「えっとね、足を怪我してる人とか手に包帯巻いてる人が待ってるところ」
「整形外科か?!」
「そこのどこにいる?」
「んーとね……仲間の男の子だけ座ってる。4人で座るベンチの一番端にいる、白いTシャツと黒い短パン着てる男の子」

大人たちが走り出す。ひとりの医者とわたしだけが診察室に取り残された。

「座ったばかりだから、そんなにすぐ立たないと思うけど……」
「君のそれが病気か病気じゃないかを測りかねてるんだ」
「みんな病気って言うよ」
「その可能性もあるよ。ただ、何かしらの能力に長けているだけかもしれない。それを実証する答えを僕らは欲しい」
「……答えが見つかれば、わたしは病気じゃないってことになるの?」
「そうかもしれない」

頭の中に浮かぶ映像で男の子が席を立った。まだ誰も着いてない。整形外科ってどこだ。みんなが着く前に彼がいなくなってしまったらどうしよう。わたしはまた、病気で可哀そうな子のままになってしまう。

「整形外科って何階?!」
「ふたつ下の階の……って、君も行くのか!?」
「男の子、いなくなっちゃうかもしれなくて、」

はやくしないと。こんなに必死に走ったことなんかないってくらい本気を出して病院の廊下を走る。関係ない映像が視えそうで、頭を振って誤魔化した。ちがう、わたしが視たいものがあるの。こんな時くらいちゃんと視たいものをものを視せてよ!階段を飛び降りる勢いで駆け降りる。ふ、と流れてきた映像はあの男の子の周りに医者たちが到着している光景だった。安心して気が緩み、思いっきり正面から転んだ。額も鼻も膝小僧も全部痛い。だけど、そんなことで負けてられなかった。……世界が変わるかもしれない。そんな予感がした。痛いのは変わりなくって、しかめっ面になってしまうけど、ひとまず現場に向かわないと。そして、病気だと決めつけようとしてきた大人たちに言ってやるんだ。わたしが視てきたものはすべて本当に実在した人たちだったんだってね。

世界が変わる音がした


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