春べを手折れば

願いをきいてよ宇宙人

おれは忘れない。初めて出会った時の、あの姿。

三門市立病院の整形外科の待合所に座っていたおれの元へ、白衣を着た大人たちが息を切らしてやってきた。知らない大人たちが待合所のベンチに座るおれの前で驚いた様子で顔を見合わせてる。目の前に並んだ顔を目にすれば、これまで見えなかった細かい未来の分岐が視えた。……おれたちとはほとんど何も関わらなさそうだ。中央にいるすこし老けたじいさんが誰かに謝ってる未来が視える。相手はわからない。わからないけど、おれはそのぼんやりとしたもやもやを誰かの未来に視たことがあった。……あのぼんやりした丸いもやもやは……

「ほら!いたでしょ!白いTシャツ、黒い短パンの男の子!」

大人たちの長い足の間をすり抜けて、ひとりの少女が突然現れた。うすい緑色のワンピースを着た女の子。どこかで転んだのか、赤く擦りむけた膝を隠しもない女の子。おれを睨みつけるように見つめるその子の顔を見た途端に、頭の中に視えている数々の未来の分岐がぶわっと勢いよく広がっていく。視たことのない分岐が増えた。今まで曖昧だったところがハッキリ視えた。チカチカ弾けるように増えた未来に思わず瞬きを繰り返す。前に誰かの未来で視たことのあったもやもやした人物はこの子だった!

「この子、先週視えた宇宙人の仲間だよ!」
「……はあ?」

何言ってんだこの子。と思ったところで、確定している未来…実現できる可能性が高い未来で、おれの師匠とこの子が握手をしてる姿が視えた。ああ、もしかしてこの子……。喫煙所に行っていた最上さんが不審げな顔を隠そうともせずに大人たちをかき分けてやってきた。

「最上さん、この子たぶんサイドエフェクト持ってるよ」

おれは忘れない。初めて出会った時の、あの高揚感を。

*

「吉川から聞いたぞ」
「おっ、やっぱりその話?」

活気のある通いなれたラーメン屋。レイジさんの奢りと聞いたら乗らない手はない。何か言いたげだとは思ってたけど、ラーメンが届く前に切り出されるとは思っていなかった。レイジさんとラーメンを食べるというだけのルートにもいくつかの分岐がある。食べる種類が異なるとか、届くタイミングとか、細部に至るまで分かれているそれ達の中で辿ることになった未来の先が、少しだけ輪郭がはっきりしてきた。

「吉川の未来が完全に見えないわけじゃなかったんだな」
「視えないよ。顔を見ても、顔しか見えない。他の人の未来に紗希乃っぽい"何か"が視えるだけ」
「ああ、もやもやしたもの、だったか」
「もやもや……」
「違うのか?あいつはもやもやしたのが自分だと言っていたぞ」
「いや〜、あれはもやもやって言うか、」

そんな可愛らしい表現に収まる絵ではない。ボーダーの誰かの未来を視たときに、その人が話しているだろう相手がいる場所が"塗りつぶされている"ように視えた。真っ黒い、サインペンみたいな線でぐるぐるぐちゃぐちゃ渦を巻いている。ドラマとかでよくある悪質なイジメみたいにその人は塗りつぶされていた。

「まあ、見え方はともかく。その謎の見え方をする人物と対面してるのが玉狛勢と本部で仲良い連中に、城戸さんやら鬼怒田さんやら……って人間関係洗ってみたらおそらく紗希乃なんだよね」
「なら、吉川の未来を続けては見れないものの、断続的にはわかる、ということか」
「続けて視れない分、確定するかどうかの判断は難しいけど」
「ああ……、なるほど。俺の未来に吉川と会うかもしれないルートが見えているとしても俺がそのルートに確実に進むとは限らないな」
「そういうこと。周りから視えたソレを繋ぎ合わせて紗希乃の未来を想定したところでどこから逸れるかわかったもんじゃないし、わりと時間のムダだね」
「……試してはみたんだな」
「うん。だって、おかしくない?今まで視えてたし、視えなくなった理由がわからないんだ」
「きっかけはないのか」
「きっかけ?」
「視えなくなってしまう原因が何かあるんじゃないのか」
「……」

きっかけ。視えなくなった日を思い起こそうとすると腹の底がざわざわする。あの日、おれは……

「……迅、迅」
「ん?」
「ラーメン来たぞ」

伸びる前に食べろ、とレイジさんに促されて割りばしを手に取った。あたたかなラーメンを目にしたら、ざわざわしていた気分は落ち着いた。……うん、食欲にはやっぱり勝てないな、そうだそうだ。

「そういや、今後のあいつの身の振り方聞いた?」
「林藤さんからか?聞いてはいないが」
「とりあえず表向きは開発に貸し出すのが名目でウチから本部に出張中って感じ」
「ボーダーを辞める選択肢もあるみたいだが、当面はそれを選ばなくて良さそうなんだな」
「うん。玉狛から離れてから少しの間いろいろ視て回った感じだと、わりといい線行ってる。少なくとも今後の大きな戦いでボーダーが即落ちする可能性は消えたし、他の良くない未来の数がだいぶ減った」
「それは良い。あいつがボーダーを辞めるわけにはいかないからな」
「辞めたとしても現在視なんて持ってたら何らかの形で監視は免れないしね」
「知らない景色や人が見えることを記憶のない一般人が正常に理解できるとは思えない」
「そうそう。おれら宇宙人だと思われちゃうからね〜」
「宇宙人?」
「あいつ、ボーダーに入る前の何も知らなかった頃に当時の遠征艇が戻ってくるのを視て、そこから降りてきた最上さんたちを宇宙人だと思ってたんだ」

思い出すだけで笑えてくる。知らない場所や人が視える自分の能力を差し置いて、最上さん達を変な宇宙人だと言い張る少女に旧ボーダーは笑いの渦に包まれた。精神疾患ではないかと訳のわからないまま病院をたらい回しにされていた紗希乃をボーダーに迎えいれた時、宇宙人説を捨てきれなかった紗希乃が小南に相談したことにより宇宙人ネタはさらに引っ張られることになった。あの小南がそれを信じないわけないし、紗希乃は小南が騙されやすいタイプだと知らなかった。

「俺が入ったばかりの時に小南と紗希乃が周りに変なこと言われなかったかの確認が多かったのはもしやそれか?」
「ヒィ、ちょっ、まってめちゃくちゃウケる。なにそれそんなことしてたのあいつら?」
「小南に宇宙人かどうか聞いたらそのまま信じるだろうな」
「っはー、息が苦しい!そりゃもう大人たちからすれば良いネタだよ」

近界民のことを知らない人からすれば宇宙人は同じ認識かもしれない。あいつはコッテコテのSFに出てくる宇宙人を思い浮かべて、最上さんたちが変身しているのだと思っていたに違いない。

「本当に宇宙人がいるならさ、どんな奴らなんだろう」

近界民みたいに良いやつもいれば、良くないやつもいるんだろう。そしてきっと、みんなが思うほど万能な生き物でもなければ、未知の生物でもない。すべてが完璧な生き物なんて存在しない……と、思うけど。思いはするけど。それでも少し、考えてしまう。そんな完璧な存在がいて、みんなが悲しまない未来だけを辿れるよう手助けをしてくれないかって。


願いをきいてよ宇宙人


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