春べを手折れば

残骸をかき集めている

ふんわりやさしいワンピース。砂で傷まないように手入れをしているミュール。持ち手がかわいい晴れと雨兼用の日傘。私の何もない日々に増えていくそれらは、林道さんとゆりさんが持って来てくれたものだった。あまりにも私の好みドンピシャなものを選んでくれるから、びっくりしちゃうと言ってみれば、ゆりさんが悪戯っぽく笑う。

「紗希乃ちゃんのプレゼントを選ぶのが上手な人がいるのよ」

*

夢を見た。視界が揺れているのが自分の涙のせいだと気付いたのは、知らない誰かが拭ってくれたから。……あなたは誰?右手はずっとその人と繋いでる。泣きたくなくても流れ出てくる涙を我慢しようとしても苦しいだけで止まらない。強く握りしめてくれるその手が誰のものなのかわからないけれど、離れがたくって、ずっとずっとこの時間が続けばいいのにと思うのに、そう思った途端に目が覚める。

――お前はひとりだと、静寂が喉元に切っ先をむけてくる。





「どこに行ったかと思えばこんなところにいたのか」
「……林道さん」

海辺のあの場所。知らないあの人が立っていた場所。部屋からこの場所が見えないから、わざわざ外出届を出してまでここに足を運んだ。浜辺の濡れない所で小さなシートの上に座っている。

「外出制限なくなってから毎日出かけてるって聞いたよ」
「……思い浮かべたら簡単に見えちゃうけど、それが本物かどうかわからなくて」

常に波が打ち寄せているだけの浜辺は私の頭が作り出した想像だったとしたら。私が想像に気を取られているうちに、本当はあの人がまたここに来ていたら。

「んー、前も聞いたと思うんだけど、紗希乃は本当に会ってどうしたい?」
「……」
「会って、何て声をかけてあげたい?」
「私は、あの人に、」

寂しい背中だった。悲しがってるようにも見えた。あの姿が目に焼き付いて離れなくなってから、何となく気づいてしまったことがある。あの人は私を知っているし、私もあの人を知っている。どんな人で、どんなことを思う人で、どんなことをしている人が知っていた。だから、寂しくて悲しい姿に思えたわけだった。普通なら、後ろ姿を見ただけじゃ何にもわからないのにね。

「ごめんねって言いたい」

勘違いならそれでいい。あの人を知っているのが私の一方通行だったのなら何も問題はない。だけど、きっと、悲しませているのは私だ。私がこんな何にもないところでぼうっと生きていることが、彼を悲しませている。

「アイツの欲しい言葉はそういうのじゃないと思うけどなー」

まるで林道さんの声が合図だったかのように、17時を知らせる鐘の音が遠くから響いてきた。すこし先の街にある教会で毎日鳴らしているそれ。波のざわめきと鐘の音がぐるぐると混ざって、耳に残っていく。欲しい言葉、かあ。欲しい言葉はなんだろう。そろそろ戻ろうと林道さんが差し出してくれた手を取った。温かくて優しい手だけども、最近よくみる夢の中の手とはちがう。しっかりと立ち上がった私を確認してから、林道さんはシートを回収している。バサバサと風で暴れるシートを畳もうとしている姿を眺めていたその時だった。何かが目の前をちらつく。一瞬、何かの映像が見えた。気のせいかな。そうかも。また誰かの後ろ姿が―……

「……っ、」

目の前に広がる空の色と、あの人の後ろの空の色が同じだった。バス停の近くで、空を見上げるようにして立っている。シートを畳むのに苦戦してる林道さんに、開いたままの日傘を押し付けるように渡した。「え、何?どっか行くの?今から?」どう答えたらいいかわからなくて、ごめんなさい!と波に打ち消されない様にできるだけ大きな声で話してから走り出す。砂に足が取られそうになりながら、精いっぱい走った。こんなに一生懸命走ったことなんて、

『おれはここにいるよ』

懐かしい声がした。
知ってるはずなのに、覚えてない姿が見える。

『無事でよかった、紗希乃!』

瓦礫の間から、私に手を差し出す姿が見える。

『おれがいるから』

ああ、そうだ。ずっと一緒にいてくれたんだよね。

砂浜を抜けて街に繋がっていく道をひたすら駆ける。ミュールの隙間に入った砂が足裏に刺さるけど、そんなこと気にしてられなかった。バス停の傍に立っていた彼が、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくるのが見える。いる。絶対にこの道の先にいるんだ。私の都合のいい想像なんかじゃなくて、この向こうに……!

息がきれて、肩が揺れる。名前、名前だ。名前を呼びたい。今すぐ貴方の名前を叫んでやりたい。私はここにいるぞって伝えたい。それからそれから、『アイツの欲しい言葉はそういうのじゃないと思うけどなー』あーもう!何を言ったらいいのよ!いつもさあ、昔からさあ、そうやって上手いこと誤魔化してさ。私達のことちょくちょくからかってさ!そりゃ頼りにはしてるけど……んん?なにこれ。息が切れて気管も馬鹿になりそうで、一旦立ち止まる。どこから整えて良いのかわからなくてしゃがみこむと、さらに頭の中がぐるぐるとしてきた。

「紗希乃!」

残骸をかき集めている


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