春べを手折れば

春べを手折れば

「本当に迅を乗せなくてよかったのか?」
「うん。なんか奴はやることがあるらしくて」
「てっきり退院の付き添いもすると思ってたんだがな」
「ね〜。してくれると思ったのに用事あるからじゃあねってすぐ帰っちゃった。ごめんね、レイジさん。今日は第二の子たちの訓練とかもあったでしょ」
「今日は休息日だから何の問題もないさ」

入院中に必要なあらゆるものは大体レンタルだったので持ち帰るものなんてお見舞いでもらったものたちだけだった。退院するまでにもらったお菓子は全然なくならなくて、日持ちするものはまとめてごっそり持ち帰ることになった。もうちょっと入院するメガネ君に渡そうと思ったけど、結局玉狛に持ち帰ることになるのでそのまま持ってくることにした。それにしても。この前れっきとした彼氏彼女というものになったというのにこれだもんな。なんて思いつつ、レイジさんにはそのことを話してないので何とも言えない。なにしてんのかな〜って視ようと思ったけど、やめておこ。こういうのが良くないんだよねきっと。

「玉狛の部屋は綺麗にしてあるから安心しろ」
「ありがと〜。本部の部屋はもう無くなっちゃったし、玉狛のあの部屋しかないんだよねえ」
「ひとまず目先の大きな戦いは終わったんだから玉狛に帰って来るんだろう」
「これからの遠征の手伝いとか考えると本部の方が都合いいかなって思っちゃう。それにさ、悠一がS級じゃないから第一部隊に戻るでしょ?烏丸くんもいるし、私いらないじゃん」
「ランク戦に参加してない今なら一人増えても問題ない。オペレーションはゆりさんだしな」
「そうかなあ」
「仕事のことはともかくとしてだ。吉川が帰って来ないと臍を曲げたままの奴らがいることは忘れるな」
「は〜い」

車で行くと病院から玉狛支部まではそんなに距離がない。あんなに帰りたいと思ってた場所にあっという間についてしまって、ちょっぴり戸惑っていたりする。堂々と帰ればいいのだけど、ここのところ私を心配してくれる皆としか会ってないから気恥ずかしかった。レイジさんが私だけ玄関で降ろしてくれたせいで、ひとりで支部の扉の前に立つ。車をしまってくるレイジさんを待つか、ひとりで入ってしまうか……めちゃくちゃ緊張してドアノブに触れては離してを繰り返した。

「……あ、」

不意に、青いジャケットが視えた。……何を戸惑ってたんだろう。きっと、中で皆待ってくれている。様子を伺って帰るんじゃない、今の私は自分で選んで玉狛に帰れる。開き慣れた扉に手を伸ばし、勇気を出しておおきく開いた。

「紗希乃退院おめでと〜〜〜!!!」

桐絵の明るい声を皮切りに、クラッカーを次々に鳴らしていくのは玉狛の皆や本部でよく話す人たち。笑顔で出迎えてくれている中に悠一はいない。キョロキョロ探しているのがわかったのか、ボスがすこしニヤついた顔をしながらやってきてこっそり耳打ちしてきた。

「部屋に荷物置いてきな」
「……荷物なにもないけど……?」
「ほらほらリビングでパーティーの準備してるから、行った行った」
「え?なんで?」





「迅、レイジさんと一緒に行かなくてよかったのか?」
「うん。大丈夫だよ嵐山」
「吉川も待ってるだろう?」
「かもね。まあ、なんて言うの?迎えに行くのは違うかなと思いまして」
「お前がそれでいいならいいんだが……」

紗希乃の退院お祝いには玉狛のメンバーはもちろん、本部で仲良くしている人や玉狛メンバーが仲良くしている人を集めている。それで玉狛にやってきた嵐山は、料理を運び終えたおれを捕まえてこそこそと話し始めた。

「吉川が拗ねないか?」
「さすがに拗ねないでしょ〜」
「わからないぞ。これが桐絵なら拗ねるところは想像つくだろう?吉川だって言うかもしれない」
「あいつは思ってても言わなそ」
「気づいてるなら行けばよかっただろうに」
「いやでもさ。決めてたんだよね、おれ」
「何を?」
「紗希乃が本当に帰ってくる時は出てった時と逆になるように迎えてやろうって」

紗希乃が今を視るかどうかは五分五分っぽいな。なんて思いながら、リビングから離れる。階段をゆっくり上りながら、数か月前のことを思い返した。このふつうの階段と廊下がやけに長く思えるくらい、別れを惜しみながら二人で歩いたっけ。そのあと1度紗希乃は帰ってきたけれど、なんでかおれが出迎えられる側だった。だからおれは今でも紗希乃を見送ったままなわけだ。

紗希乃への思いを隠さずに全てそのまま伝えていたのなら、未来が視えなくなることもなかったし、互いに辛い思いをしなくて良かったのかもしれない。ただ、こうなる未来が予知出来てたとして出会ってすぐに言えたか?……たぶん言えない。最上さんが生きてる頃はどうだ?……やっぱり言えないかも。あの人は気づいてたような気もするけど、冷やかしたりされなかった。自然にそうなるのであればいいと思ってくれていたと都合よく思っておくことにする。そして、特に何もなく未来が視えたままだったとしたら、おれたちはずっと平行線のままだったんだろう。互いに頑ななところあるし、無理しがちだしそこそこ無理できてしまうし。ここがお互いの優先順位のうまい落としどころをみつけなきゃいけないとこでもある。何が何でも相手を1番にすることはできないけど、だからといって下げ過ぎるのはつまるところ自分を蔑ろにしているのと同じだ。大事な人を守ることすらできないという烙印を自分で自分に押しまくって凹んでたら世話ない。

不揃いなクラッカーの音をかき消すくらい小南が喜んではしゃいでいる声が聞こえる。みんなの声の中に混ざって聞こえる紗希乃の声が、出会ったばかりの頃の彼女を想起させた。すこし心配そうな顔でリビングから出てきた紗希乃を階段の中腹から見下ろす。視ていたはずだったのに、なんだか不思議な気分だった。

前まではここにいるのが当たり前だった。そして、これからもそうだ。変わらないけど、変わってる。ずっと同じじゃいられない。まっすぐな永遠なんてどこにもないし必要ない。もうとっくに折れて曲がって違う道を作ったから、これからも色んなことがある度に紗希乃と二人で曲がったり立ち止まったりしてまた歩き出していこう。

「紗希乃、おかえり!」
「っただいま!」

春べを手折れば


戻る
- ナノ -