春べを手折れば

あくまでもしもの話ですが

「そういえば吉川さんに会ったよ」

後輩たちが派手に本部デビューを決めてくれたお祝いをしてやろうと支部に顔を出したところ、ぎゃあぎゃあ騒ぐ小南に絡まれているメガネくんがいた。なるほど。何で騒いでたのか視えていてもわかんなかったけど、原因は紗希乃らしい。

「ほ〜。悪いな、正式に入隊が決まってから紹介するつもりだったんだ」
「会っちゃダメだったのか?」
「いんや。紗希乃が今は本部にいるから、大手を振ってお前らが本部を歩ける理由が必要だっただけだよ。小南はなに、紗希乃を誘って断られたりした?」
「ううん。こなみ先輩がれんらくするようにって言ってたよって伝えたら、善処するって言ってたからそのまま伝えただけ」
「……アイツそんなこと言ったの?」
「そうだよ。嘘みたいだったけど」

小南にしては譲歩した方だと思う。それも紗希乃はわかってるはずだ。だとしたら、こりゃ相当キテるのかもしれない。

「あの人、わるい人じゃないんでしょ?」
「おー。お前はどう思う?」
「玉狛の先輩たちはみんな吉川さんのことを良い人って言うし、本部でもあらしやまさんとか、あと……かざま先輩とか色んな人が声をかけてたからわるい人じゃないと思うよ」
「ああ、確かに皆と仲良いし当たってるな。てことは遊真のサイドエフェクトに引っかかったわけか」
「いくつかの質問の答えががほとんど嘘だったから、わるい人かと思ってさ」
「へえ。ちなみに何て質問を?」
「本部で開発の仕事をしてるのかっていう質問とか、さっきのこなみ先輩の話かな。あ、それともうひとつあった」

「玉狛の人だよねって確認したら、そうだよって嘘ついてたんだ」

*


「眠れない……」

入隊式を見に行っていつもよりも疲れているのに、どうにも身体は休まってくれないようだった。仕方ないな……。同じフロアの開発室をサイドエフェクトで覗いてみれば、日付をまたいでるっていうのにまだまだみんな仕事をしていた。どうせ眠れないのならいっそのこと手伝いにでも行くか。

「さっさと寝んか、馬鹿娘」
「眠れないから来たって言ったのに」

狸なのに立派なクマをこさえた鬼怒田さんが書類をバサバサとデスクに叩きつけている。どうやら入隊試験で玉狛スナイパーの子が開けた大穴を塞ぐためのトリオンのやりくりの書類らしい。

「あの穴直すの手伝いましょっか」
「お前の力を借りずとも朝までには直っておるわ」

くだらないことを言うなと吐き捨てた鬼怒田さんは、マグカップにたっぷり入っていたコーヒーを一気に飲み干した。絶対身体にわるい。それから、デスクの端に置いてあるバインダーを手探りで見つけ出し、それに挟んであった紙をぺらぺらと捲る。

「……外にいる時間は伸びておるようだが、完全復帰には微妙だな」
「やっぱそれ私の?」
「今後同じような状況になった時のためだ。お前、今日はあまりあの部屋を使ってないようだが大丈夫なのか?」
「うん。今日はなんとかやれてる」
「ふむ……サイドエフェクトとトリガーが連携できるような仕組みができれば、うまく活用するも抑え込むもどちらの手も使えるだろうが……」
「連携……トリガーでサイドエフェクトを操作するってこと?」
「完全にとは言わんがそれに近い状況を作れるかどうかを開発中だ」
「うーん、難しいね。それに私のサイドエフェクトって使えない気がするけどなあ」
「現にお前が活用しているくせして何を言っておる」
「戦闘時にはそんなに役立たないもん。未来視じゃないし」
「む……それでも、ないよりは良かろう」
「そうだなあ。それこそ、このサイドエフェクトが黒トリガーになるなら話は変わるかもね」

どんな形になるんだろうね風刃みたいに斬撃系かなあ、なんて呟いていたら目の前をバサバサと紙の束たちが舞い散っている。えっ、なに鬼怒田さん、なんでバインダーをそんな高々と構えて……?ぎゃっ!叩いたよこの人!バインダー痛いんだけど!

「雷蔵!!!」
「痛っ!痛い!鬼怒田さん、私は雷蔵さんじゃないっ!」
「なんですか鬼怒田さん」
「この馬鹿娘をさっさと部屋に放り込んでこんかっ!」
「はいはい。行くよ、吉川」

雷蔵さんに引っ張られて無理やり歩かされる。自分の部屋に行くのかと思ったけど、そうじゃなくって、あの部屋に連れていかれるらしかった。振り向けば鬼怒田さんが怒りそのままで立っているし、従うしかないみたい。開発室の奥から薄暗い廊下に入り込む。先に歩く雷蔵さんの動きにあわせて、フットライトが自動でついていく。

「さっきのあんまり言いふらすなよ」
「……聞いてた?」
「普通に聞こえたよ」
「ごめんなさい。でも、わりとサイドエフェクト持ちあるあるだと思うけど」
「そんなあるあるあってたまるか」
「あるんですよー。私がもしもそうなったとしたらさ、まあ便利といえば便利なのかなあ」
「……」
「怒んないでよ。あくまでもしもの話だから。第一、なれるかもわかんない」
「なりたいわけ?」
「うーん……」
「悩まないでくれない?」
「うん。なりたいって言うほど自殺願望あるわけじゃないけど、なったほうがボーダーが効率よく動けるとは思ってる」
「お前さ、それ迅には絶対言うなよ」
「言うわけないじゃん」

私が黒トリガーになった時に有効活用できるのなんて悠一くらいなんだもん。本人に言えるわけがない。私が死んだら私を使ってね、なんてとんだ呪いの言葉だ。ちゃんと眠れよ、と言う雷蔵さんに手を振って見送った。静かで真っ白な部屋を歩く。小さな豆電球がぼんやりと灯っているだけの部屋で、ベッドの上に横になった。

「言うわけないけど、思っちゃうのはどうしようもないんだよ」


あくまでもしもの話ですが


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