春べを手折れば

かき集めたのは無数の星屑

「ねえ、トリオン体の方が良かったんじゃないの」
「具合悪くなったらすぐに言って下さいね」
「二人ともありがとね」

てっきり風間さんと二人なのかと思えば、廊下の端で風間隊の2人が待っていた。トリオン体の方が急に動けなくなる可能性が低いのは確かだけども、今はトリガーを鬼怒田さんに預けたままだし、その本人は入隊訓練を見に行っている。仕方ないからそのまま行こう。ゆるいニットワンピースに着替えてブーツを履いた。先陣をきる風間さんの後ろを菊地原と歌川くんに挟まれて3人並んで進んでいく。ふと視えた見知った顔から逃げるように、風間さんに行き先を伝えればサイドエフェクトを使うなと怒られた。自然と視えるものは仕方ないでしょうに。

「風間さんは遊真くんを見にきたんですか?」

アタッカーの訓練室が近づくと、中にいた白髪の少年の姿が視えた。近くにはメガネくんもいる。ああ、そっか。彼、入隊したんだっけ。

「それだけじゃないがな」

*

「吉川!来てたのか!」
「嵐山お疲れ。この前はごめんね、お餅貰ったって悠一に聞いたよ」
「こちらこそ吉川の体調を気遣えなくてすまなかった。今日は出てきて大丈夫なのか?」
「少しだけね」
「顔色、あんまり良くないな……玉狛の子を見に来たんだろう?」
「そうなの」
「ちょうど玉狛の空閑くんの番だから、見たらすぐに戻った方がいい」
「心配かけてごめんね。部屋から出て来たばかりだから大丈夫だよ」

監督役だから長話もしていられない。先に行ってしまった風間隊を追いかけて、手すりにもたれて立っている3人の横に並んだ。

「座っとけばいいじゃん」
「はは、大丈夫だよ。お気遣いどうも」

目的の遊真くんの番が来た。どうやら黒トリガーじゃなく、ボーダーのトリガーを使っているらしい。ダミーの大型近界民を前にしたかと思えば、わずか0.6秒で止めをさしてしまった。なるほど実戦を知ってる動きだ。”使えそうなやつ”と風間さんは判断したらしく、菊地原と歌川君はすこし不服そうだった。悠一が風刃を手放してでも遊真くんをボーダーに入れたかったのはこの戦力を引き込みたかったのかな。確かにこの戦力は申し分なさそうだ。ちゃんとこの目で確かめられてよかった。もうそろそろ部屋に戻ろう。何だか、知らない人にジロジロと見られて気分があまり良くない。

「まだ終わってないぞ吉川」
「えっ?」

観客席の階段を下り、遊真くんたちの元へと進んでいく風間さんはなんとメガネくんに戦いを挑み始めた。意味が分からなさ過ぎて、菊地原たちに助けを求めれば「何であいつを気にするのかはわかんない」と更に拗ねたように口を尖らせた。

「……風間さんは最初から遊真くんだけじゃなくってメガネくんも見に来たってこと……?」
「そういえば、玉狛が第2チームを組んでランク戦に参加計画を立ててると風間さんが言ってましたよ」
「あの三雲ってメガネが隊長で、あの近界民が隊員なんでしょ。迅さんが仕組んでるって思ってたけど違うわけ?」
「いや……そうなんだと、思う」

悠一が黒トリガーを手放す価値があるのか確かめに来たのなら、遊真くんの訓練を見るだけでよかったはずだ。メガネくんは必要ない。なのに、彼のことをあんなに気にするってことは……メガネくんが黒トリガー譲渡に絡んでる。彼と遊真くんが隊を組んでランク戦に挑む必要がある未来が視えてるってことだ。

「ちょっと、大丈夫?」
「えっ」
「話かけられてるのにボーっとしてるから」
「ごめんごめん。ちょっと考え事……」

話しかけられてるよ、と菊地原が指さした先には私と入れ替わりで玉狛に転属となった烏丸くんがいた。お久しぶりです、と小さく会釈する彼の隣りには遊真くんがこちらを見て立っていた。

「遊真。この人が玉狛の吉川さんだ」
「ハジメマシテ。たまこま新入りの空閑遊真ともうします」
「初めまして吉川紗希乃です。面と向かって会うのは初めてだね」
「おや。どこかで会った?悪いね、まだこっちの人を全員覚えてないもので」
「ううん。視ただけだから」
「ほう……?」

訓練室へと降りていく三雲くんと風間さんを見送る。烏丸くんの後ろに木虎ちゃんがいたらしく挨拶すると、すこしそっけない顔だったけれど挨拶を返してくれた。

「今回はスカウトであまり見かけませんでしたね。吉川先輩、体調はいかがですか」
「良くなってきてるよ。その節は申し訳ない……。次のスカウトは頑張るね」
「いや、別に責めるつもりじゃ、」
「ねえねえ吉川サンは玉狛の人だよね」
「そうだよ」
「いまは何で本部にいるの?」
「悠一は玉狛で説明しなかったの?」
「ユーイチ……?」
「迅さんの下の名前だ」
「おお!迅さんのことは迅さんと呼ぶ人しかいないからいまいちわからなかった」
「えー?そんなことないでしょ」
「俺は吉川さん以外に思い当たりませんけど」
「……そっか。確かに、もういないかも」
「遊真。吉川さんは本部に仕事で出張中なんだ」
「正隊員になると防衛任務の他にそういう仕事もあるの?」
「ちがうよ。私がたまたま開発の仕事を手伝うことになっただけ」
「ふーん。じゃあ、吉川さんは今、本部で開発の仕事をしてるんだ」
「そうだね」
「……」
「遊真くん?」
「……こなみ先輩が、もし吉川さんに会ったらちゃんとれんらくを返すようにって言ってたぞ」
「はは。また桐絵に怒られちゃうな。わかったよ、善処するって言っておいてくれる?」

遊真くんたちと話している間に風間さんと三雲くんの準備ができたらしく、模擬戦がようやく始まることになった。訓練生の人払いをして戻ってきた嵐山が手招きしている。遊真くんがこっちを見ているのを視つつ、嵐山の隣りに座った。今はこっちを見ていない。大丈夫かと嵐山が心配そうにしているから、一先ず頷いておく。米神がチリチリと鳴っているような感覚が現れて、ちょっと深く息を吐いた。

「風間さんは一体何を考えてるんだ?」
「もともと確かめに来るつもりだったみたい」

何を、と聞き返さない辺り、嵐山にも思い当たることはあるらしい。三雲ダウン!と繰り返されるアナウンスは一体何度目になっただろうか。どうみてもメガネくんが風間さんに勝てるとは思えない。戦闘向きじゃないのはトリオン量からみて十分に考えられるんだけど、彼が戦闘員として玉狛第2を率いる必要があるはず。だって、彼は"分岐点"なんだもん。ばらばらと頭の中で統率なく流れてくる映像を全て薙ぎ払ってしまいたい。一体どうしてこんなに調整が上手くいかないんだ。ロビーや食堂に溢れる訓練生、いつもの中央オペ室に、各隊の隊室の映像……波のように迫って来るそれらを見ないふりするために、風間さんとメガネくんの戦いをじっと見つめる。……えっ?

「どうした?」
「いや、なんかスナイパーの方がすごいことに……」

ふと視えた映像にすら驚きが隠せなかったのに、目の前の光景にも思わず間抜けな顔をぶら提げてしまうのだった。

『伝達系切断!三雲ダウン!』
『トリオン漏出過多!風間ダウン!』


かき集めたのは無数の星屑


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