春べを手折れば

安心したくて進みたがる

「仕事を探していると聞いたものでね」
「お気遣いどうもですー」

カタカタと手元を動かし、パソコンの画面上にひたすら文字を増やしていく。事前に渡されていた紙の束は半分を切っていた。鬼怒田さんを通して唐沢さんから仕事の手伝いをしてくれないかと声を掛かけてもらった。やることもないからと二つ返事でボーダーの営業本部にてこうしてひたすら入力作業を行ってる。

「今はリハビリ中なんだろう?」
「そんなとこです。数時間単位で、あの部屋と外を行ったり来たりしてます」

まだずっと外にはいられなくって、交互に出入りをしている現状。外にいるにも、ぼうっとしてちゃすぐにサイドエフェクトに飲み込まれそうになる。だったら気を逸らすためには何か仕事が必要だと鬼怒田さんの手伝いを中心にボーダーの仕事を請け負うことにした。

「他人事のように聞こえてしまうかもしれないが、大変だね……。大学は?君は大学生だったろう」
「11月と12月は遠征で元々休むつもりでした。今はさすがにボーダーの仕事というのはきつくて休学してます。どのみち秋学期の半分も行けてないんじゃ授業についてけないですもん」
「春から復学できるよう今は体調の事を一番に考えないといけないね」
「そうですねえ……ただ、行く必要があるのかどうかも少し考えてしまいます」
「行っておいて損はないのでは?」
「それはそうなんですけど、私はどのみちボーダーにいることしかできないんだろうって思うと、必要なのかなって」

ああ、でも。今のところはボーダーにいてもよさそうだけれど、この先の未来によってはボーダーにもいられなくなっちゃうのか。

「君が営業に来てくれたらスカウトも捗りそうだし私達としても大助かりだが、それが全てではないよ。他の道も君たちには無数にあると思っているとも」
「無数……あったら、いいのになあ」

残りがあと1枚。私へかける言葉を選んでしまって、口を噤んでいる唐沢さんが視える。ゆるゆると小さく頭を振った。困らせたいわけじゃない。それでも、現状をどうしたらいいかわからなかった。カタカタと無心になれるよう手の動きを止めないでいれば、手元に1本の缶コーヒーが置かれる。

「きっと、今見つけられなくても何ら問題ないとも」
「……それって体験談ですか?」
「ただの一般論さ。もちろん、少しばかり君よりも長く生きている分経験は多いけど」
「ふうん」
「少なくとも、君が全てをここで諦めて可能性を閉ざしてしまうのは、ボーダーにとって大きな痛手になるだろうね」


*

夜は自分の部屋で横になる。眠れているか?それはわからない。気付いたら寝落ちているけども、寝入るまでは大分長いの。色んな人が視えて、眠りにつくのを邪魔してくるからなかなか眠れない。ガツンとくる大きな衝撃が落ち着いているおかげかまだまだ耐えられるけど。勝手に視せられるのなら、自分で視る。案外それが手っ取り早い対応策だった。

「……あ、」

またいる。玉狛の、星がよく見えるあの屋上にいる男の子。真っ白い髪が月明かりに照らされてとても目立つあの子は、夜になるとよく屋上にいる。眠らなくて大丈夫なんだろうか。私にも言えることだろうけど。この子が悠一の言ってた後輩の一人かあ。不思議な子だと思うけど、どこが不思議かと言われると難しい。

「なんか近界民みたい」

近界民なのかな。次に悠一に会ったら聞いてみよう。瞼が重たくなってきたところで、視るのを手放して暗闇に落ちていく。起きたら、また明日がやって来てる。同じ繰り返しでも少しずつ前に進まなきゃいけない。誰も強制してくるわけじゃないけれど、私が進みたい。すこしでも、はやく。すこしでも、誰かのために。

安心したくて進みたがる


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