春べを手折れば

間違い探しの答え合わせ

さて、どうしたものか。玉狛に帰って、後輩たちの様子を見てから本部に寄ってみたら、どうにも判断に迷う未来が目の前に現れた。

「まっすぐ進めば確実に会う……一回戻って他の道を辿っても十数分後には会う……どのみち会うな」

だったら逃げずに会うしかない。会うことはわかりきったまま、本部の食堂の前を通り過ぎようとしたその時だった。遠くから俺を呼ぶ声がする。

「迅ー!!」
「よう嵐山。あけましておめでと〜」
「ああ、今年もよろしく頼む!ところで昨日はずっと本部にいたんだろう?昨日は桐絵と一緒に玉狛に新年の挨拶をしに行ったんだぞ」
「陽太郎が言ってたよ。餅持ってきてくれたって喜んでた」
「迅も食べたか?」
「俺が帰った時にはもう残ってなくてさ」
「食べるなら隊室にまだあるぞ?」
「お腹いっぱいだから遠慮しとく〜」
「じゃあ吉川にもお裾分けしに行こうと思ってたから一緒に行かないか?」
「アイツたぶん餅食えないよ」
「餅、嫌いだったか?前に太刀川さんときな粉餅を食べていた気がするが」
「いや、昨日……」
「昨日?」
「いや、まあ。ちょっと体調よくなくって」
「……そんなに悪いのか?桐絵も言ってたが、遠征から帰って来ても全く連絡がつかないらしいじゃないか」
「良くなりはしてるんだ。ただ、サイドエフェクトの調整がうまくいかない」
「そうか……。サイドエフェクトのことは俺達は全くわからないからな……」
「嵐山がそんな落ち込むことないよ。慣れさえすればまた外出れるし」
「落ち込んでるのは迅の方だろう?」
「いやいや平気平気」
「口ではそう言うけど、実際はそうじゃないな?」
「……うーん。流石は嵐山さん……押しが強い……」

*

嵐山隊の奥の部屋。気を利かせた隊員たちは皆書類を持ってラウンジの方へ散っていった。仕事あるんだったら俺の方がラウンジ行くよ、と言ってもこの部屋においての最終決定権は嵐山に存在して、言われるがまま嵐山隊にお邪魔することになった。込み入った話は外でするもんじゃないだろう?と当然突っ込んで聞く気満々の友人に、呆れたような気分とどこか嬉しい気分が混ざっていく。

「俺さ、間違えたっぽいんだよね」

レンジで温め直した餅に醤油をつけている嵐山に、なるべくなんて事のないことを装って話し始めた。俺は知っている。中途半端に隠し立てをしても嵐山は疑問に思ったらグサグサ聞いてくるんだ。配慮がないわけじゃなくって、聞いた方がいいと思ったことだけ聞いてくる。そして、大概は俺がただ見栄や羞恥心で隠したくなっているだけの、実際は他人に口外しても問題のない出来事だったりする。

「紗希乃、玉狛から出すんじゃなかった。玉狛から出してなかったら、今回の遠征も乗り越えられて、何の問題もなく過ごしてたかもしれない」
「そんなの推測でしかないんじゃないか?そもそも吉川を本部に連れてきたのは、最悪の未来を防ぐためだろ?」
「そうなんだけど。昨日、ちょっとサイドエフェクトで荒れた紗希乃にさ、俺は部屋に戻ろうって声かけたの。そん時に"帰ろう"って言葉使ったのが悪かったんだけどさ。『どこに?』って聞かれたわけ」

混乱してたと謝られた。確かに混乱してたんだろう。だけどさ、混乱しててあの言葉が出るっていうのもヤバい事態だと思う。本来の帰るべきアイツの家はとっくの昔になくなって、その次の家の玉狛から俺が引きずり出してしまって。次の居場所と与えた本部の部屋にもいられなくって、極めつけはあの箱だ。

「未来のことばかり気になって、紗希乃の今を蔑ろにしてしまった」
「それでも、良い未来のために今は耐える時期だって判断したなら仕方のないことだと思うが」
「それは良い未来が確実に視えた時の話だよ。紗希乃本当に視えないんだ。アイツの顔見ても、視えない」
「他人の未来にもモヤモヤとしか映ってないんだったか?」
「そんな優しいもんじゃないんだなこれが……。黒いマジックで塗りつぶされたみたいにぐちゃぐちゃなんだ」
「……それは……」

せっかく温めてくれて、醤油を塗って海苔を巻いてくれた餅の味がよくわからない。かじって、ずっともぐもぐと口の中で噛み続けている間、腕を組んでいる嵐山が首を傾げていた。

「迅が吉川のことを視えないと初めて聞いた時、迅が気付いていないだけで実は他にも視えない対象がいるんじゃないかって考えていたんだ」
「他にもって……。他の皆は視えてるよ」
「ああ、だから、まだ出会っていない人とか、極たまにしか出会わない人の中にいる可能性はあるだろう?吉川はサイドエフェクトを持っているし、まだ出会ったことのないサイドエフェクト保持者とか……」
「まあ、無いとも言えないけど」
「だが、さっきの話を聞いてその可能性は薄いと感じた」
「……要するに何て言いたいの」
「体質やサイドエフェクトの保持などの外的要因より、迅に内的要因があると思うんだ」
「……」
「勘違いしないでくれ、別に迅が悪いと言っているわけじゃないぞ。けど、思い当たることは何かあるんじゃないか?」
「……はぁー、本当マジでお前は嵐山だよ……」

思い当たること?ありませんって言えたらどんなに楽だろうか。俺の反応を見て、言えないことではないと判断したのか、続きを促すようにじっと視線を送られて居心地が悪い。

「あ゛ー、そのさ、確実なきっかけは確かにあるんだけどそこは伏せていい?流石に嵐山でもそこは言いたくない」
「わかった!言えるところを言ってくれ!」
「あーうん。オッケー……」

言えるところ。どう言えばいいのか、というか、この件を誰かに話すという選択肢が今まで俺の中になかった。だってこれは俺の心の問題で、解決できるものとも思っていなくて、ただただもどかしさだけを感じるものだったから。

「要するにあれだよ。昔のまんまじゃいられないと自覚して、紗希乃の未来を視たくないって思ってたんだけど、そしたらいつの間にか本当にそうなってたんだ」
「なんで吉川の未来を視たくないんだ?」
「いや〜、そこ聞く?」
「だってこれまで視えることに何も思わなかったんだろう?」
「そりゃあね。視えるのが普通だったから」

何でかと言われたら簡単だ。

「……アイツの未来を視て、色んなことから守ってるつもりだったんだ。けどさ、いつのまにかそれだけじゃなくなってたんだよ」

悪い未来に進ませないように、手を貸して、導いて、守ってきた。最初は単純に自分で俺らは支え合っていけそう、分かり合える存在だなんて思い込んでいた。心のどこかを埋めてくれる理解者であると、そうであって欲しいと求めた。それもあって、似た悩みを持つ紗希乃を守ることに使命感を覚えていたのも事実。だけど、そんなものは所詮子供の思いつく役割でしかなかった。

「昔の感覚で、思うがままに根回ししたり助言したり紗希乃の未来を視て行動してる時に気づいたわけ。あれ、俺ってもしや紗希乃のこと支配しようとしてないか?ってさ」

皆の未来が良い方に転がるよう暗躍はずっとしていた。けども、暗躍の内を占める紗希乃に関する行動が前よりも増えて、先回りしたくなって、なんでも安心したくなっていた。守ってほしいなんて言われてない。俺が勝手にやりたくなってしまっていただけ。

「支配と言うか単純に独占欲じゃないか?」
「いやもうさらっと言うなよ〜そうなんだけどさ!」
「吉川のことはずっと好きだろう?どうして今更になってそこで悩む?」
「あのね嵐山さん、人間そんな素直に向き合えないんだよ特に俺みたいな人間は。ていうか、俺が紗希乃のこと好きとかそんな分かる?案外一緒にいても一部以外周りから突っ込まれなかったんだけど?」
「吉川はわりと質問されてたぞ?」
「マジで……ウソでしょ……俺知らないんだけど……」
「吉川もあしらうの上手だったからな」
「……」
「今までの話をまとめると、吉川が好きだと自覚した迅は吉川の未来が視たくなかったわけだな。そして、実際に視えなくなったと」
「だって、好きな子の未来視たい?気になるから他の人のより念入りに視ちゃうじゃん。そうしたら視ない方がいいことまで視てしまうだろ」
「……迅の言いたくないきっかけが何となくわかってしまったかもしれない」
「やめてほんと嵐山でも許せなくなるからその考え今すぐ消してくれない?」
「俺は友人の好きな子に手を出したりはしないぞ!」
「知ってるよ!出してたら絶交するに決まってる!」
「……単純に疑問なんだが、ちゃんと自覚しているのにどうして先に進もうとしないんだ?なんで吉川とずっと同じ距離を保とうとする?」

顔を見ても未来の視えない紗希乃にどこか安堵している自分がいた。視えないことに違和感が拭えなくて紗希乃を失うんじゃないかって不安に思う自分もいた。

「誰かと過ごす今この瞬間の時間を俺は大切にしたいと思ってはいるけど、どうしても相手の未来がちらつくし、その未来に視えた別の人の未来も気になってしまうし、今がどうしても疎かになってしまうんだ」

嵐山と話をしているこの時でも、この前した選択はいい方向と悪い方向のどちらに転んでくれただろうか、と心のどこかで考え込んでいる自分がいるし、嵐山がこの後に隊室に訪れた根付さんを迎えている姿も視えて、そろそろお暇しなくてはと考えてる自分もいる。今目の前にいる嵐山をどこかで放置しながら。

「その点、未来の視えない紗希乃からの情報は少なくて、静かで、今の紗希乃を大事にできる。最初はすごい良いと思ったんだ。最初はさ。けどさあ、俺ずっと未来視て生きてきたわけ。その生き方しかできないんだ」

だから、誰かの未来の端にいる塗りつぶされた存在に気づいて、焦って、未来の紗希乃を失いたくなくて今の紗希乃を蔑ろにしていた。俺が勝手に守りたいって助けたいって動き出してしまった。

「視えないならさ、わかることが少ないんだよな。今までと同じ接し方じゃ、誤解もするし誤解もされる。俺、何にもわかってなかった」

あの箱の中で、今の紗希乃がどんな気持ちなのか、とかどう思うかっていうことに焦点を当てて考えられていなかった。俺が未来が視えなくてこんなに色々ごちゃごちゃ考えているのだから、視えるものが視えない状況で紗希乃も色んなことを考えないわけがない。

「たぶん、お前たちは似た者同士なんだと思う」
「ちがうよ。似て見えるけどそうじゃない」
「似てるよ。迅が吉川のことを何にもわかってないって思うなら、吉川も同じように思ってるぞ」
「思ってない……とは言い切れないんだよなあ。落ち込んでるかとか怒ってるかとか、何も視えないからわからん」
「俺達からしたら普通だな!」

そうだ。普通なんだ。けれどもその普通が俺には難しかった。どうしたら普通でいられるんだろう。紗希乃の未来が視えないことで、俺の汚い心を隠せて安心している自分がいる。一方で、紗希乃の未来が視えなくて、彼女を失ってしまうかもしれない怖さに怯えている自分もいる。どっちも俺で、どっちも覆しようのない事実だった。

「普通をようやく手に入れたのに、このままじゃ紗希乃を助けてあげられない。本当に俺達は厄介なサイドエフェクトを持ったもんだよ」

間違い探しの答え合わせ


戻る
- ナノ -