春べを手折れば

瞼を透けて視えるもの

サイドエフェクト。トリオン能力が高めの人間に現れることのある"副作用"。文字通りのそれにわたしは幼い頃から悩まされ続けてきた。悠一の未来視とは似て非なるわたしの能力である、『現在視』。いま現在起きていることが頭の中に映像で流れるこの能力。いくつもの未来が視える悠一と比べるとどうしても有用性は高くない。

「いや〜イイな。お前が本部にいるとなると色々捗るわ」
「誰もレポート手伝うなんて言ってないよ、太刀川さん」
「でたーお前千里眼つかったのかよ、まだ何も言ってねーぞ」
「だ・か・ら!千里眼なんて便利なもんじゃないってば!」

太刀川さんが廊下を歩いてるのが視えたけど、悲しいことにわたしのサイドエフェクトは未来視ではなかった。つまり、現在進行形で向かってきていることに気づいた時では時すでに遅し。生身で逃げようとしたわたしは、換装して猛ダッシュを決めたこの男にいとも簡単に捕まった。逃げようとじりじり距離を開けても向こうも同じくらい詰めてくる。わたしまでトリオン体になってしまったら太刀川さんと同じ土俵に上がることになっちゃうよなあ。わたしは決してそんな馬鹿な真似なんてしないっ……!あ、救世主来るかも。向かってるのこっちじゃない?

「廊下で騒ぐんじゃない」
「ウワ、風間さん」
「なんでわたしまで叩くの、風間さん」
「吉川も騒がしいからだ」

丸めた紙でポコンポコンと間抜けな音を立てて風間さんがわたし達を交互に叩く。トリオン体の太刀川さんはもちろん痛くないし、軽く叩かれたおかげか生身のわたしでも痛くない。

「お前たちが会議に出ないから俺が出向く羽目になっただろう」
「会議?」
「知らねーの?今日は遠征の会議があるって吉川のとこにも連絡あっただろー?」
「……ないね。いつもボスが連絡してくれるのに」
「林藤支部長から引っ越しだと聞いている。太刀川、知ってた上で来てないなら、お前のサボりは許さん」
「許してくれよ、風間さん。起きたら開始時間だったんだぜ」
「忍田さんに絞られてこい。どのみちお前の資料は忍田さんが持っている」
「なんで?!いつもみたくデータで送ってくれたらいいだろ」
「吉川の新しい通信環境が整っていないと聞いて鬼怒田さんが書面に起こしてくれた。太刀川のは忍田さんがついでにと」
「ということはもしやその筒状に丸めた紙はわたしの会議資料なのでは?」
「ああそうだ」
「風間さんって時々意味わかんないことするよね!!」

サインが必要な書類だったらどうすんの。くるくる巻いたまま提出したら上層部から雷が落ちかねない。一度スキャンしてデータ化して……ああ、くそめんどくさいな。

「ところで引っ越し先はどこだ?」
「開発フロアの空き部屋だよ。とりあえず仮暮らしはそこかな」
「ん?これからずっと本部なんだろ」
「何を言ってる。期間限定で住まいを移すだけだろう」
「どっちも不正解かなあ」

風間さんと太刀川さんが顔を見合わせた。口を開こうとした風間さんの前に手のひらを突き出して止める。

「今ちょうど会議室から怒りモードで忍田さんが出てくるの視えたから、このままだと鉢合わせちゃうよ。太刀川さんとサボってたって思われたくないからさ、続きはわたしの部屋にしない?」

*

「太刀川は置いてくるべきだったと思う」
「俺を見捨てる気か?!」
「どのみち怒られるんだから後でも先でも一緒でしょ」

そういうのは先に怒られるのを薦めるときに使うものだ、と風間さんが真面目に話してる。開発フロアについて、すれ違うスタッフに挨拶をすればみんな一度小首を傾げてから納得したように笑うのだった。

「お前エンジニアにでもなるのかよ」
「悪くないね〜」
「手伝いのようなものは今までもしていただろう」
「うん。これからもっと手伝うつもりではいるよ」
「あれっ。本部ってことはランク戦復帰か?!」
「しないしない。籍は玉狛のまんまだし。防衛任務も今までと同じ」
「余計にわからない。これまでと何一つ変わらないのにわざわざ住み慣れたところから出る必要性を感じない」
「だろうね。だから、一時的って周りに言ってる」

今日からわたしの家になる部屋。入口にあるパネルに手を翳すと、指紋認証されて扉が開いた。家具はシンプルな物で最低限に一揃い。ソファ買っといて正解だったな。引っ越し当日に来客があるとは思いもしなかった。部屋の隅にいつの間にか置いてあるぼんち揚げのダンボールを見つけた。ははあ、アイツ勝手に置いてったな。

「トリガー認証じゃないのか」
「うん。トリガーだといじられやすいから、って悠一が指紋認証にした」
「なんで本部内でそこまでセキュリティ固めてんだよ」
「太刀川さんが入り浸りにくいようにって言ってたよ」
「迅か……賢明な判断だな」

飲み物はないけど、ぼんち揚げでもあげとこう。ソファに座った2人にひと袋ずつ渡すと遠慮なしにバリバリ袋を開け始めた。テーブル向かいの椅子に座って、わたしもぼんち揚げに手を伸ばす。

「……で?お前ら千里眼コンビは一体何をしでかすつもりだ?」
「だから、千里眼なんて万能なものじゃないって。視え方に制限あるんだし」
「少なくとも制限があろうがお前たち二人のサイドエフェクトは特殊だし活用されてる。吉川が一人で何かしようとしてたのかと思っていたが、どうやら迅も絡んでるなら話は別だろう」
「絡んでるも何も、悠一の未来視があって現在があるんだよ」

「どうやらわたし、ボーダーの最善の未来にとって邪魔っぽいんだよね」


瞼を透けて視えるもの


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