春べを手折れば

縋りつくのは今

年末が近づくともなれば悠一の仕事は増えていく。人ごみに混ざって、色んな未来を視なくちゃいけない。一方で今日も箱の中にいる私はベッドの中でぼんやりしていた。箱は、高トリオンの壁でできているから物理的な強度も高ければ、私みたいにトリオンを持つ人の現在が見えるなんてサイドエフェクトの人間にはもってこいの場所。高いトリオン値の人の映像が多いのだから、単純にそれよりも高度な数値の壁に囲まれればいい。まさしくその通りでここは嫌になるくらい静かだった。酸素を取り込む機能が落ちているとか何とかで無駄にごつい酸素マスクがまだ外せてない。会話をしやすいようにって鼻につけるチューブにするかと言われたけども、そもそも話し相手なんか悠一くらいしかいないんだから気にもしない。そんなことを考えながら寝転んでいたら、コンコン、と軽いノックが響く。どうぞ、と今張れるだけの声を出すけれどマスクに遮られてくぐもった声しかでなかった。聞こえてんのかな。わかんないや。ドアはマジックミラーになっているらしい黒いガラスの真横にあるから、腕を持ち上げて手招いてみた。すると、ガチャリと扉が開いて見慣れた顔が4つひょっこりと現れた。

「失礼するぞ」
「えっ、風間隊の皆さん??」

顔を顰めている4人は明らかに私が繋がれているチューブの方を見ている。いや、あのね。もうすぐとれるんだよ。先生言ってたもん。私が大人しくしてるおかげで早く外せそうだって言ってたもの。

「ひさしぶりー」
「馬鹿じゃないの。そんなヘラヘラして、こんな部屋閉じ込められて」
「菊地原の言う通りだね。反論できないよ」
「……吉川、遠征の後はいつもこの部屋にいたのか?」
「ううん。本部の部屋は初めて。玉狛のは、時々入ってたけど、ここ2年くらいは使ってない」

立ちっぱなしもなんだからと椅子を探すけど、悠一が座る椅子くらいしか近くに置いてない。時々、上層部の人らが来てくれてるけども忙しいのか長居はしないし。あー、あっちの防災コンテナの脇に置いてあった気がする。よっこらせと身体を起こそうとすると三上ちゃんにとっても良い笑顔で「起きちゃダメです」と言われてしまった。はい、すみません。結局誰も椅子を使わないらしい。ベッドの端にでも、と身を捩ればまたもや三上ちゃんに良い笑顔で迫られた。

「よくここにいれてもらえたね」
「菊地原がここにいると言うので鬼怒田開発室長に聞いてみたんです」
「私の声聞こえたの?」
「病院じゃなくて、サイドエフェクト対策されてる病室なんてここしか思い浮かばないでしょ」
「ここ使ったことあったんだ」
「サイドエフェクト判定された頃に少し。まあ、僕のはトリオン関係ないから意味なかったけど」

菊地原が言うにはサイドエフェクト判定を受けた一部の人たちはこの部屋でどんな効果があるかを試されているらしい。私のようにトリオンが関係ある能力じゃなければ、確かにこの部屋に入っても意味はない。

「へー。この部屋、意味ある子どれくらいいるのかな。ここんとこ私ばっかり使ってるから迷惑してそう」
「他はいないんじゃないか」
「そう?影浦くんとかどうなんだろ。物理的に防げればいいのかな。そしたら普通の壁でもいいのかなあ」
「本人に聞いてよね」

そりゃそうだ。三上ちゃんがベッド脇に置かれた丸テーブルの上に果物のカゴをそっと置いてくれた。わーい、誰か後で剥いてくれるかな、かぶりつくしかないかな。後から置かれたそのテーブルには城戸さんや忍田さんが持ってきてくれたお花が飾ってあって、すぐ横にはボスの差し入れの良いお値段のする瓶入りオレンジジュースが2本置いてあった。

「他にも誰か見舞いにはくるのか」
「ボスはよく来るよ。あと城戸さんとか忍田さんもそこそこ」
「えっ、上層部の方たちがそんなに?!」
「昔の私を知ってる人は、まだ子ども扱いだからさ。後から会った鬼怒田さんとか根付さんはさほどでもないけど」
「迅さんは来ないの?」
「起きてすぐくらいはまめに来てたけど、今は忙しいんじゃない?だって、世の中は年末でしょー。年明けの私の社会復帰計画に付き合ってくれるそうだから、さすがにそこまではねえ」
「わあ!年明けには退院できるんですね?!」
「その予定〜。って言っても同じフロアの私の部屋に戻るだけだよ」
「木崎や小南がお前の状況をとても気にしているんだが、年明けには会えると言っておいて構わないか?」
「ん〜……」

果たして万全な状態で会えるだろうか。今はほとんど視えない環境にいて、思考もスッキリしていて、心乱れることは少ないけれど、人の波の渦巻く環境に戻った私は一体どうなるだろう。幼いころはどうしてたんだっけ。こんなに視えない箱は初めてで、それがちょっとだけ恐ろしかった。昔の箱は、視え難くはしてくれたけれど、それでも飛び越えてくるものは多々あった。視えないことはきっと普通なのに、私の中じゃ普通じゃない。静かな部屋は不安を煽っていく。

「"外"で人に会えるかどうかはまだわからないから、元気になったら連絡するって伝えておいてくれるかなあ」

ちゃんと笑えているだろうか。マスクがずれている感覚が、頬を上げて笑ってるのだと一応自覚させてくれはしたけれど。


縋りつくのは今


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