春べを手折れば

踏込みきれない彼らの領域

「みんなお揃いでどちらまで?」

来るかもしれない。きっとおそらく来るだろう。皆がそれぞれそう思っていた人物がやっぱり俺たちの行く末を阻もうとする。

「迅さんじゃん、なんで?」
「よう当真。冬島さんはどうした?」
「うちの隊長は船酔いでダウンしてるよ」
「余計なことをしゃべるな当真」

飄々としていて、大勢の前に一人だけで立ちはだかっているというのに焦る様子が微塵も感じられなかった。

「ふっふっふ……」
「どーしたの太刀川さん。やけに楽しそうだね」
「今日は"女神"がついてるからな」
「へー、ちなみにその女神はどちらさま?」

普段のぼんち揚げを食べているような表情で首を傾げた迅はきっとわかって聞いている。俺たちの顔を見て未来の選択肢が増えたはずだ。吉川の未来が具体的に見えなくても、俺たちの誰かの未来にぼんやりとした吉川の存在が映れば大まかな動向はばれてしまう。映っていない場合も然り、だ。つまり、これは完全に詰みだな。

「お前の大事な大事な紗希乃ちゃん」
「あはは、殴っていい?風間さん」
「今のは許可する」
「ちょ、風間さん?!」
「まあ冗談はさておき。無理でしょ。遠征帰りのアイツが使い物になると思えないし、特に今回はいつにも増して張り切って撃沈してんじゃないかな」
「迅さん、吉川さんの予知できないって嘘じゃね?」
「おいこら出水!」
「……当たりなわけね。あんまし当たってほしくなかったんだけどなー」
「まあ酷い有様といえばそうだが?完全に動けないわけでもないならどうかな?」
「いくら何でもボロボロのアイツを上層部の人たちはこき使わないと思うね」
「……太刀川、もう無理だ吉川を使うのは諦めろ」
「ちぇっ」

迅が一人だったら何とかできただろう。結局、嵐山隊の支援もあってこちらの戦力が分散された。ウチの隊が本領発揮をする前に菊地原を真っ先に落とすあたりが迅らしくて腹が立つ。数の利はこちらにあって確実に追い詰めているというのに、じわじわとこちらが削られてばかりいる。歌川もベイルアウトして、残るは傷だらけの俺と太刀川だけになった。

「ねえ、一個聞いていい?」
「っは、何だよこの期に及んでわざわざ確認するなんて」
「紗希乃さ、」

風刃の刃がゆらゆらとゆらめく。太刀川と代わる代わる切り込んでいくものの、全て受け返される。迅から漏れ出すトリオン量は多くない。俺たちの損傷具合の方があきらかに重症だった。終わりはもうすぐそこに迫っていた。

「……やっぱいいや。勝負あり、だな」

*

上層部のところへ行ったという迅を迎える前に吉川の様子を見に医療班へと顔を出したが、入院したからとあっさり門前払いを食らってしまった。仕方ない、と迅を出迎えるために会議室へ向かってみれば、迅が黒トリガーを持ってきたという噂でいっぱいだった。黒トリガー奪取の作戦は見事に失敗したにも拘わらず、迅は自ら黒トリガーを本部に渡してしまったらしい。つまらんことをするものだと、ぼんやりしている太刀川と人気の無い廊下で二人で迅を待ち構える。

「吉川は?」
「命に別状はないと聞いたがどこに入院してるかは知らん」
「やっぱ入院か〜。そりゃそーか、あんだけ熱ありゃボーダーの医療班だけじゃ無理だわな」
「よう、お二人さん。ぼんち揚げ食う?」

何食わぬ顔で現れた迅にため息をつくことすらままならない。ひとまず場所を変え、ぼんち揚げを互いに食べながら今回の黒トリガーに関する話の顛末を聞いた。

「俺は後輩の手助けをしてやりたいだけだよ」
「手助けねぇ……そういや、あの時なにを聞きたかったんだ?」
「あの時?」
「俺らがベイルアウトする前だよ。吉川がどうのって何か言ってただろ」
「ああ、あれね。紗希乃の様子がどんなんだったか聞こうと思ったけど……二人をとばせばすぐに帰還できるなら直接様子見ればいーかなと」
「こいつ……!」
「様子は見に行けたのか?」
「いんや。面会謝絶だってさ。意識がまだ戻ってないらしいけど、アイツどんだけ無理したの?」
「帰還目前に潰れたんだよ」
「換装を早めに解かなくて正解だったようだな。入院先は?見舞いに行くが」
「あー……しばらくは面会できないって。知ってるっちゃ知ってるけど」
「そんなに重症だったのか、あいつ」
「いやあ、……紗希乃のサイドエフェクト対策って言うのが合ってるかな」
「対策?」
「うん。弱ってる時にサイドエフェクトで潰れないようにね」

サイドエフェクトの対策。未来視と現在視の対策なんて想像がつかなかった。他にもサイドエフェクト持ちはいるが、サイドエフェクトの中でも分類があって、迅と吉川のそれはどうしても特殊だった。きっと、サイドエフェクトに縁のない俺からしたらこの先辿り着くことのない場所なのかもしれない。

「アイツも俺も好きな場所じゃないから、教えるのは勘弁してよ」

あっけらかんと笑いながら迅はそう言うのだった。

踏込みきれない彼らの領域


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