春べを手折れば

確かな標をください

ふと目が覚めたら、わたしはベッドの中にいて、額には冷えピタが貼ってあって、端の方が乾いてペロリと剥がれていた。体熱感はない。そもそも昨日だって微熱くらいの感覚だったし……。枕元に置いてあったミネラルウォーターのボトルを開けて喉を潤した。ぺたぺたと歩いて寝室を出ても、悠一はいなかった。消されたモニターと、元の位置に戻されたソファと、テーブルの上に置いてあるスマホ。スマホの傍には見慣れた字で起きたら電源をいれるようにとメモが置いてある。

「うわ、」

すごい量のメッセージと着信履歴の通知が駆け抜ける。半分はボーダーのことを知らない一般人の子や他の隊員たち。そして残るは……

「悠一ってば心配しすぎでしょ」

昨日の夜にわたしの部屋に到着するまでの着信とメッセージが半端じゃない。消すにも大量すぎて難しかった。とりあえず、一番最近の時間を探してスマホに指を走らせると、今朝にも悠一からメッセージが来ていた。

『もう任務は終わりだよ。今日はゆっくり休んで明日から学校行って』

*

休み明け、ふらふら歩いて大学に向かう。体調は悪くないけど、しばらく歩いてなかったから運動不足だった。

「よー、任務明けというか病み上がりって感じ」
「否定はできない……」

2限目から行こうと気持ち早めに登校してみたら、そこにいたのは太刀川さんだった。この人がこんな時間にいるの珍しすぎる。え?ああ、忍田さんに怒られたのか。からから笑いながら彼は自販機でミルクティーとコーヒーを買って、私に差し出して来た。ミルクティーを指さすと、太刀川さんは黙ってミルクティーをくれた。

「あいつ、めちゃくちゃ焦ってたよ」
「……悠一?」
「おー。最初、お前のこと隠してるって疑われてたしな」
「隠れるとしても太刀川さんのとこには隠れたくないわ」
「なんで。めっちゃ可愛がるかもしんねえじゃん」
「可愛がると称して変な事してきそうだもん」
「お?するかー?」
「しないよバカ。そういうの彼女としなよ」
「いたら冗談でもお前には言わないね」
「いないからって適当に探すのやめて〜むり〜」
「はっはっは、迅がいるからどのみちできねーよ」
「悠一は過保護だから」
「カホゴ?カホゴねえ……」
「太刀川さん過保護って言葉知ってる??」
「それくらいわかる」
「あっそう……」

コーヒーの入った缶を揺らしながら、太刀川さんは何やら唸っている。ずっとカホゴと繰り返しているから、やっぱりこの人意味を知らないんじゃないかな。

「もっとドロドロした感情だと思うけど」

……はい?私の反応なんてさておいて、太刀川さんは残りのコーヒーを飲み切って、立ち上がる。半分も飲み切れてない私は、太刀川さんの言葉も飲み下せていなかった。

「ねえ、それ分かって言ってるの」
「わかるって言っただろー。お前にとっても悪い話じゃないし、」
「悪いとかの問題じゃなくって」
「別にどうこうしてやろうとは思ってないからそこんとこ安心していいぞ」

空に向かって、体をめいっぱい伸ばしながら太刀川さんは笑っている。いやいや笑いごとじゃない。結構、聞いちゃいけないこと聞いてしまった気さえする。ドロドロって。どういう意味のドロドロ?悠一から私に向けられるドロドロって?

「お前らは考えることも、気になることもたくさんあるんだろうが、世の中大抵シンプルだからな」

太刀川さんが何でもわかってるような顔をして、不敵に笑った。

「強い奴が勝つことも、誰が誰をどう思うかってのも全部ストレートに考えれば答えに辿り着くだろ」

確かな標をください


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