春べを手折れば

きみに安寧を授けたいだけ

おはようこんにちはこんばんは。見事に昼夜逆転しているわたしは自室の隅っこに移動したソファの上で三角座りをしてうずくまる。正面にはこの前やっと手に入れた通信用のモニターと機材を置いたデスクがある。いつでも通信室に連絡をとれるようにしておいた。もっとも、こっちから何か連絡したり誰かから連絡が来ないとあまり使わないんだけど。ピコン、と軽い音を立ててメッセージが届く。装着していたアイマスクを指でずらして確認すれば風間隊からだった。……極秘任務が終わるまでの防衛任務のシフトだ。

「風間隊バラして防衛任務してくれないかな〜〜無理か〜そうだよね〜〜」

事情を知ってる人がいるだけでもだいぶ安心できるんだけどなあ。と零れるため息を吐いて、ソファにごろん、と横になる。アイマスクを下げて、目を覆った。警戒区域は決して狭くはない。方角ごとに区分けされたところを頭の中にいくつものモニターを並べるようにして視ていた。視たいものを集中して視ようとするのはとっても疲れる。いまも頭なのか目の奥なのかわからないそこが、ガンガン痛みを訴えているのを気付かないフリ。がんばれ紗希乃。負けるな紗希乃。2週間耐えたら、きっと何かしら報酬はくれるでしょ。……たぶん。いや、貰わなくっちゃね。

ぼんやり滲んで、必要のない映像が横入りしそうになるのをなんとか防ぐ。本当は警戒区域と町の境目の手前を見続けるのが侵入を防ぐのに一番いいんだろうけど、なかなかそれも難しい。警戒区域にあるトリオンマーカーを辿っているものだから、マーカーのない三門市内を細かく指定して視ようとしてもやっぱりブレてしまう。せめて数百メートルくらい、外周にマーカーひいてくれたらブレないのに。はいはい、大人しく境目を見ておきますよ。と誰も聞いてないのに一人ごちる。完全にないものねだりだ。

「本当に協力者なんているのかな」

動きがあると。悠一の予知で見たと。それは本当に、今回の件に関わっているのかな。ソファの隅っこに押しやられている電源を落としたスマホを手繰り寄せた。アイマスクをしているから画面は見えない。電源も落としてるから見えるわけがない。電源ボタンに指を置いたまま、押すのを躊躇っていた。悠一はあの会議にいなかったけれど、すでに動いていた。一体どの時点から動き出していたのか、今回の件に悠一も確実に関わってる。予知も万能じゃない。規律違反者がでるのを読み間違えたんだ。……きっと、そうなんだと思うけど。もし、そうじゃなかったのだとしたら。根拠のない不安が込み上げて、スマホを握る手に力が入る。きっとね、簡単に不安を和らげてくれる術はこの中に届いてる。わたしが勝手に見るのを躊躇っているだけで、悠一はいつもわたしを助けようとしてくれてるんだから。

ドタバタと廊下が何やら騒がしい。何事?うそ、私なにか見逃した?侵入者を知らせるアラートは何も立ち上がっていないし、慌ててさっきまで視れてなかった区域の方へ意識を走らせる。ちがう、そもそも門自体が開いてない。じゃあ何が……。バンバン!と部屋の入口を叩く音が部屋に響く。余りにも大きな音に驚いてソファとデスクの間に落っこちた。

「紗希乃!」

落っこちて、ちょっとだけずれたアイマスクに被さるように焦った悠一の顔が見えた。

「悠一?」
「いや、もう……ほんとお前ね……!」

焦った様子の悠一は崩れるようにソファの背もたれにもたれ掛かった。あの大きい叩きつけたような音は悠一が指紋認証のパネルを叩いた音だったらしい。そんなに何を慌てて…あ。悠一の顔がちゃんと見えるように、ソファに上って、見下ろした。明るい茶髪のつむじしか見えない。

「ごめん。スマホ電源切ってた」
「昨日から連絡しても返信なくておかしいとは思ってたんだよ。聞けば皆、お前のこと数日前から見てないって言うし」
「皆には任務だって言ったよ」
「俺に言ってないだろ」
「だって私より先に任務受けてたじゃん」

顔を見上げた悠一の空色の瞳が揺れていた。不安に揺れてるのか、何に揺れてるのかわからない。なんとなく見たくなくって、苦し紛れに自分の手のひらで悠一の目元を覆った。

「紗希乃、熱ある?」
「ない」
「絶対あるね。いつからこの任務してたわけ?」
「絶対ないよ。悠一よりも短いもん」
「まさかと思うけど、城戸さんが1週間とか2週間とか言ってたんじゃない?」
「……」

あんたわたしの未来視えないんじゃないの。口から出そうになった言葉を飲み込んだ。わたしの手を掴んでずらした隙間から見えた悠一の目はもう揺れてない。

「城戸さんに言い方間違えたな……。密航の仲間は外部から来ないよ」
「悠一は知らない人の未来は視えないじゃん」
「知ってる人の未来を視ても騒動になってる様子なんかない」
「わかんないじゃん。わたしが本部にいるから読み逃してるのかもしれないよ?」
「それはないね」
「……2週間以内にあるっていう何かの動きと関係してるの?」
「うん。だけどそれは分岐点だから」
「分岐点?」
「そう。まだ誰にも言ってないんだ、これ」

動きやすくなるようにそれっぽい理由が欲しくて城戸さんにそれらしいことを言ったけど。と悠一は立ち上がりながら話し続けた。それから、ソファの前の方に回って、モニタの電源を落とされてしまった。

「紗希乃に無理してほしいわけじゃないんだよ」


きみに安寧を授けたいだけ


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