春べを手折れば

未来は揺れても離れない

今度ご飯食べに行くよ、と桐絵に連絡したら拗ねたウサギのスタンプと一緒に今度じゃなくていつでも帰ってきなさいとメッセージが送られてきた。帰るところがあるっていうのは本当に嬉しいことだと思う。にやつきそうになる口を手で隠しつつ、次の授業の教室へと向かった。次の授業はボーダーの人間が多く授業をとっていて、普段は友人と受ける授業もこれだけはボーダー仲間と受けていた。教授が緩くて比較的単位が出やすいらしい。必修科目と被っていたからこれまで取れなかったと珍しく風間さんと唯一おなじなのがこの授業。

「あれ?風間さんは?」
「今日は防衛任務だとよ」
「なーんだ。じゃあ今日は諏訪さんしかいないの」
「ハァ?太刀川はどうしたよ」
「二度寝して遅れるからもう来ないってさ」
「午後も授業あんだろアイツ」
「それは流石にくるんじゃないかな」

なるべく後ろの方の席に座って、スマホを取り出した。うわ、めちゃくちゃ着信あるんだけど。鬼怒田さんに、忍田さん……一体何ごと?

「諏訪さん、ちょっと荷物見といてくれる?」
「あ?どうした」
「なんか着信いっぱいきてる」
「何かやらかしたんじゃねーの」
「オフにわざわざ呼び出されるようなこと何もしてないよ!」

そうこう言っているうちに再度スマホが振動する。通話を押しつつ教室を出れば、「吉川今どこにおるんだ?!」ととても電話越しとは思えないボリュームの鬼怒田さんの声が廊下に響いた。

「鬼怒田さん声おっきい!どこって普通に大学に……」
『すぐに本部にこい!非常事態だ!』
「なにかあったの?すぐって言っても今から向かうんじゃ時間かかるけど」
『迎えは派遣しておる。合流次第すぐに来い!』

諏訪さんに預けた荷物を取りに行かなきゃ。用件を伝え終えた鬼怒田さんは通話を勝手に切ってしまった。迎えって誰のことなのよ!と教室に入れば、席に座る諏訪さんの後ろにレイジさんがいた。わたしの荷物を預かるところだったらしく、バッグを片手に持っている。

「迎えってレイジさんだったか」
「吉川、鬼怒田さんから聞いたな。すぐに行くぞ」
「了解。諏訪さんごめん、任務入ったから教授によろしく言っといて」
「あとでタバコな」
「高い!一番やっすいのでいいならね!」
「おいA級だろーが奢れよ」

*

「本日午前11時、警戒区域北東地区にてA級二宮隊狙撃手・鳩原未来および詳細不明の3人分のトリガー反応あり。防衛任務中だった風間隊がトリガー反応に気づき追跡するも門発生地点に現着した時点で門消失。鳩原未来含む4人の人間が門を通って近界に密航した模様」

上層部と東さん、風間さんにそれからわたし。いつもの暗い会議室でモニターに映る、目を疑うような映像を眺めていることしかできなくて、説明する忍田さんの表情のない声が異様さを醸し出していた。

「鳩原以外のトリガーの出所は?」

鳩原未来の師匠だった東さんは、きっと内心では彼女に対して落胆していたり思うところはあるんだろう。それでも今はただひたすらに淡々としていた。

「盗まれた経緯は検証中だが、悔しいことに開発室から盗まれておったわ」
「次回の入隊予定のC級用トリガーが狙われたらしい。情報が未登録のトリオン反応だった」
「ボーダー関係者以外の人間ってことね……二宮隊の他の隊員はどうしてるの?」
「決定した処分を下すまで作戦室にて待機している」
「隊務規定違反ですぞ!そんな隊は解散だ解散!」
「待ってよ鬼怒田さん、他の隊員は知らなかったんじゃないの」
「詳しい聴取はこのあと行うが、二宮隊はオフで他の隊員は全員学校に登校していた」
「だったら鳩原さんの独断に近いんじゃないの、忍田さん」
「知っていて見逃した可能性がゼロなわけじゃない」
「風間さん、どうしてそんな……」

仲間を疑うの、と続けようとした口を噤む。何を言ってるの、その仲間だと思っていた彼女が裏切ったんじゃないか。疑いたくはない。だけど、疑われても仕方のない繋がりが同じ隊の彼らにはある。

「盗まれたトリガーの数と門を通ったトリオン反応数は合致しているが、鳩原未来が手を組んだ外部共犯者がこれが全てとは限らない」

ずっと黙っていた城戸さんが口を開いた。そうだ、わたしがここに呼ばれたのは……

「吉川、お前に極秘任務を命ずる。サイドエフェクトを用いて警戒区域を監視し、侵入してくる一般人の早期発見を目指せ」
「期間は?」
「2週間だ」
「……短いんじゃ」
「風間隊、説明を」
「はい。ボーダー内部に鳩原の協力者がいないかどうかはもうすでに迅が動いている。現時点で同様の規律違反を犯すおそれのある隊員はいないと報告がすでに上がっている。……が、迅は顔を見ていない相手の未来は視えない」
「要するに悠一のカバーをしろってことね」
「ああ。迅が言うには1週間から2週間以内にボーダー内で動きがある。違反者ではなさそうだが、それが外部によるものの可能性が高い」
「原因が絞れてないってことはあんまりボーダー隊員に影響ないんじゃないのかな」
「それは実際に起きてみてからじゃないとわからん」

2週間か。部屋に籠って作業するだけの通信環境は整ってる。ひとまず大学に一報入れて、友人に連絡して……やることは山積みだな。

「吉川、通信室の一角を貸し出そう。万が一何かあった時のために動きやすい。それに慶や他の隊員からの邪魔も入りにくいだろう」
「いや、自室で十分だよ忍田さん。むしろ籠ってやりたいし、指紋認証だから平気〜」
「迅の奴めこれを見越して指紋認証になんぞしおったのか?」
「いやいや。迅は吉川さんの予知ができないでしょう」
「そこは迅の我儘じゃないかと。な、吉川」
「東さん、それは同意しかねる……。まあ、過保護なだけです」
「そんなかわいいものじゃないだろう」
「風間さん!」


未来は揺れても離れない


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