30万打リクエスト小説

正夢レモネイド



昼休みも中盤に差し掛かったころ、担任から面倒ごとを頼まれた。これわたしじゃなくったっていいじゃん。たまたま目についたからって頼むの良くないと思う。とはいえ断ったところで結局はごり押しされるのがオチだもんな。しょうがない、と先生のおつかいを引き受けた。

「いいことをした吉川に素敵なプレゼント」
「……ただの飴じゃん」
「初恋はレモンの味ってな」

わたしの手のひらにちんまり並ぶ二つのそれは黄色いパッケージのレモネードキャンディ。レモネードっていうか普通のレモン飴だし、ニヤニヤ笑う先生はおじさんくさいのわかってんのかな。

「……すっぱ!」

ちっちゃな丸はとっても酸っぱい。こっそり舐めながら教室に戻ろうと思ったのに、想像以上に酸っぱい飴がわたしの舌の上で暴れまわってる。取り出したくってもティッシュも何もないや。…うん、ちょっぴり慣れてきたような気がしないでもない。このまんま食べきるか。二つ目はちょっと遠慮しておこ。スカートのポケット内でブンブン振動するスマホを取り出せば友人からの無慈悲な連絡が入っていた。次の授業が視聴覚室でDVD鑑賞になったのは嬉しいけど、「あんたの席ないわ」とかイジメじゃんね。たぶん、適度にサボれるいい席がないってことなんだろうけど!もうすぐ授業開始のチャイムが鳴る頃にまたもやスマホがブンブン騒ぐ。視聴覚室までもうちょっと。メッセージだと思ってたら電話だった。しかも花巻。一体なんだろ。

『いまどこいんの?』
「立派なパシリしてた。もうすぐつくよ」
『サボんのかと思ってた』
「帰宅部はこんなことで内申を下げていられないのです…」
『知ってる〜。つーか真ん中席ねーよ?最前列くらいしかない』
「知ってる〜。ていうかなんで視聴覚室で見るの?移動無駄じゃない?」
『合同だからじゃね』

は?合同?という疑問と共に視聴覚室の扉を開けば、中央列の後ろの方にひらひらと手を振る花巻と周りには男子バレー部が数名。身長が高ければ座高も高い奴らは邪魔になるからって高確率で後ろの方に追いやられる。めちゃくちゃ得だよね。羨ましいな、おい。と恨みがましく横目で見ながら通り過ぎようとすれば花巻がちょいちょいと手招きする。あ、先生入ってきた。無視するわけにもいかず中腰で花巻の近くに行けば、花巻の後ろを指さされる。

「座れば?」
「…座ればって、いるじゃん先客」
「ん。その横」
「横ぉ?」

花巻が指さす先には備え付けの長い机に突っ伏すように眠っている及川くんがいた。花巻の左右には男バレ部員がいるのに後ろの机にいるのは及川くんだけ。……正確に言うと、湯田くんもいたのになぜかソワソワしながら他の席に移っていった。さっさと席つけ〜と先生に言われて、遠くの席に移れるわけもなく、なぜか及川くんのとなりに座ることになった。及川くんしか座ってない。ぴったり隣りに座るのはおかしいよね……じゃあ、離れるか。ベンチみたいに長いイスだから振動がなるべく伝わらないよう、すすす、と移動してみれば前に座ってる花巻が頭だけ後ろに倒してコソコソ話しかけてきた。

「逃げんなよー吉川ー。及川カワイソーじゃん」
「いや、寝てるとこに急に知らん奴いるほうがかわいそうだわ」
「まあまあそう言わずに」
「ていうかなんで及川くん寝てるの」
「じゃんけんの勝者は仲間を壁として寝る権利が与えられる」
「もうすでに壁が崩壊しかけているのにはお気づきでない??」

なるほどアホか。座高が高かろうがみんなうつ伏せで寝始めたら壁に擬態なんてできっこなかった。花巻の左右はもうすでに夢の世界へ飛び立ってしまっていて、わたしをからかってる花巻も顔を伏せる準備をし始めた。……逃げるもなにも。と、ちらり。視線だけ及川くんの方を見てみれば、さっきまで伏せて眠っていた及川くんが上体は机に預けたまま、こっちを見ていた。めっっちゃくちゃこっち見てるんだけど……!眠たげな目だけど、バシバシ瞬きをしてる及川くんはあんまり見たことない。まるで信じられないものを見てるかのような表情で見られていたたまれなくって、及川くんの視線を辿って振り向いてみた。ベッタベタなボケをかましてみたら、ツボにはいったらしく息を殺して悶え苦しみながら及川くんは笑ってる。笑われすぎて逆に恥ずかしいんだけど!

「なんでそんなにびっくりしてるの?」

こそこそと、声をかけてみたけど笑いをかみ殺そうとしてる及川くんには聞こえてないみたい。仕方ないからちょっとだけ彼の方に寄って、もう一度声をかけてみる。

「ねえ、及川くん」
「わ、近…、吉川ちゃんめちゃくちゃレモンのにおいする……」

寄りすぎた。さっきまで笑いまくってた及川くんが、急に大人しくなったと思ったら動きがぎくしゃくしてる。なんだか、さっきよりも恥ずかしい。

「夢でさ、吉川ちゃんに会ったから、まだ声がするな〜って思ったらすぐそこにいるもんだから、びっくりした」
「……ふーん。正夢ってやつ?」
「そうかも」

小さなまんまる黄色いレモン。酸っぱい小粒のレモネード・キャンディは、いつの間にか溶けきって香りしか残っていやしないのに、じんわりと甘い味が広がっていくような気がした。

「オレにとってすごい最高な、正夢だよ」


back→(後書き)
- ナノ -